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 ふらっと訪れるにはやや敷居が高い。そう思わせる程度には、立派な門構えだ。かつて大地主だった加賀美家としては地味なくらいだが、戦前は省線の駅まで他人の土地を踏まずに行けたというのが、農地改革でだいぶやられたそうだから、分相応なのかもしれない。  小さな屋根を背負った門を珍しそうに眺めている実村を尻目に、高梨は呼び鈴を押した。程なくして、通いで家事を手伝っているナツミが出てきた。 「お待ちしていました」  高校を卒業して数年ブラブラしていた彼女は、先祖が加賀美家の小作人だった家の娘という理由だけで雇われたという。とはいえ料理はそれなりにできて気もきくので、当主の喜代子は気に入っていたらしいけれど、いつも客を観察していて抜け目のない感じがするので、高梨はあまり好感が持てずにいる。  門を見上げたまま歩き出した実村が、敷居を跨ぎ損ねて躓きかける。 「おっと」  頓狂な声にナツミがびっくりしたように振り返り、このひとは誰なのかと言いたげな視線を向けてきたが、高梨は気がつかない振りをした。  客間に通されてからも、実村は興味津々といった様子で、床の間の掛け軸や花瓶に投げ入れられた吾亦紅(われもこう)を鑑賞している。高校生のような童顔の彼が、高梨より十近く年上で昇任試験にも受かっていて、席が空けば警部として異動する予定とはとても思えない。  襖が軽く音を立てて開いた。 「高梨さん、久しぶりですね」  喜代子の孫にあたる史弥(ふみや)が奥からやって来て、机を挟んで腰を降ろした。 「知り合い?」  庭に目を向けていたはずの実村が囁く。 「中学校の同級生なんです」  高梨が口を開く前に史弥が答えた。相変わらず部屋で本ばかり読んでいるのか、肌が抜けるように白い。 「高梨くん久しぶり。兄の葬式以来だから……半年は経ってないかな?」  史弥の言葉に、実村は敏感に反応した。 「卒業後も交流があるんだね」 「以前から多少行き来があったんですよ」  言い訳のように高梨が説明すると、 「どうりで、さっきのお手伝いさんも親しげだったのか」 ひとりで納得したように頷いて、実村は脚を崩した。  そこへ、ナツミとともに早紀と雄治が現れた。早紀が艶のない黒いワンピース姿なのは、喪に服しているためなのか。ほとんど化粧の無い顔はすこし強張っている。  ナツミがお茶と菓子を置いて出ていくと、史弥は軽く頭を下げた。 「改めて紹介いたします。ぼくは加賀美喜代子の孫で、史弥といいます。こちらは兄の妻の早紀。兄の勇人(はやと)は春に亡くなっています。それから、はとこの本田雄治です。祖母の妹の孫に当たりますが、兄と一緒に会社を経営していたものですから、何かと出入りしていて家族同然なんです」  史弥よりだいぶ体の大きな雄治が、渋い顔で神妙に一礼する。 「さっきの若い子は中村ナツミといって、いわゆるお手伝いさんです。必要あれば同席させますよ。祖母が亡くなった晩にこの家にいたのはこれで全員ですね。あ、お隣の田中さんが林檎をお裾分けに来てくれたんだっけ……それは関係ないですよね?」  実村は放っておけば幾らでも喋っていそうな史弥を遮った。 「駒城署の実村です。こちらは皆さんご存知のようだが、高梨巡査長です」  机に置いた名刺には「警部補」と肩書がある。史弥が舐めるような視線で見つめていた。 「あの、祖母は……まだ帰して貰えないのでしょうか」  か細い声で早紀が訊ねる。 「そのことで参りました」  実村の言葉に何かを察したのか、早紀は体を固くした。
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