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加賀美喜代子は喜寿を越えても、決まった時間に起床して身支度をしていたが、昨日の朝はいつになっても居間に現れないので、早紀が様子を見に行くと、寝床の中で冷たくなっていた。加賀美家はすぐに主治医に連絡したが、高血圧と軽い不眠があったものの、死に直結するような症状では無かったこともあり死亡診断書では済まされず、駒城警察署での検死を受けることになった。気位が高く外聞を気にする喜代子には、とんでもない屈辱だろう。
「検死の結果、多少不自然な点がありましてね。病気で亡くなったの可能性が高いのですが、念のため解剖をしますのでご報告にあがりました」
早紀の唇は真っ白になりすこし痙攣していた。男ふたりもさすがに蒼ざめている。しばらく沈黙が部屋を満たしたが、やがて史弥が乾いた笑い声を上げた。
「半年ほどでふたりも不審死が出るなんて、どうしたものかなあ。やっぱり、蛇の呪いかな。ほら、春先に冬眠明けの蛇をばあちゃんが兄貴に殺させたじゃないか」
「史弥さん……やめて」
早紀はハンカチで目元を押さえた。
「そうだよ史弥、不謹慎だ」
「すみません」
雄治に咎められると史弥はすぐに詫びたが、
「解剖するなら早くしてもらった方がいいでしょう。検案書を出して貰わないと葬式ができないし、保険金も出ない」
と、あけすけなことを言って平気な顔をしている。雄治はちょっと史弥を睨んでいたが、
「確かにぐだぐだ言っていても仕方が無いな。早急にお願いしますよ」
と語気を強めた。
「N大学の法医学教室はあまり忙しくないようですから、大丈夫です」
軽く請け負って実村は茶を飲み干した。
「早紀さん、いいですよね」
雄治の強い言葉に、早紀は慌てて頷いた。
「それでは、すぐに手配しましょう」
実村はさっと立ち上がり、部屋を横切った。菓子を食いかけていた高梨は、慌てて口の中に押し込んで後を追う。襖を開けるとナツミが立っていて、ばつが悪そうに顔を背けた。
「あっ」
磨かれた木の床に足を取られたのか、実村は尻餅をついた。襖に肘がぶつかって、大きな音が響いた。
「大丈夫ですか?」
「いやあ……掃除が行き届いているねえ」
照れ笑いを浮かべる実村に手を貸しながら、高梨は思わず部屋の中に目をやった。雄治と早紀は呆然としているが、史弥は今にも吹き出しそうな顔をしている。
「気をつけてくださいね」
ナツミがほとんど笑いながら、取って付けたように言った。
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