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第36話 観覧車
比呂が定期健診で病院に行く予定が入っていると言って先に帰った。
それでその日の練習は早々にお開きにすることになった。
「ちょっと出かけよう」
「でも、全然上手くできないのに、練習しないと…」
「息抜き」
湊が翡翠を連れて来たのは、ビルの上にある観覧車だった。
平日の早い時間だからか、人が少なかったせいで並ばずに乗ることができた。
「ねぇ、なんで乗ってからずっと手すり持ってるの?」
「え?」
「もしかして怖い?」
湊は返事をしない。
「怖いんだ!」
「うるさい」
「だったらなんで観覧車なんか…」
「昔、好きだった子と遊園地に行って、最後に観覧車に乗ったんだ。絶対告るって決めてたのに、それどころじゃなくなって、結局そのまま帰った。そうしたら、しばらくしてその子、他の男と付き合い始めた」
「それって何のアドバイス?」
「べつに。『片思い』の歌詞の中に観覧車が出て来たから、単純に今でも怖いのか乗ってみたかっただけ」
湊が片方の手を手すりから離すと、隣に座るように合図した。
「片方に重心が偏ると落ちるよ」
「さすがにそれは嘘って知ってる」
翡翠が隣に座ると少し観覧車が揺れた。
「ここ」
湊が翡翠のおでこを人差し指でふれる。
「歌ってる間ずっと眉間にしわよせてる」
「…上手く歌えないから」
「好きだから歌ってるんだと思ってた」
「歌うのは好きだけど…」
「上手くなくていいから、好きで歌って欲しい」
「この前と言ってること違う。めちゃくちゃダメ出ししたくせに」
「それでも、歌うのが楽しくて仕方がない翡翠が好きだから」
翡翠が湊の顔を見る。
「こんなに景色がいいのに外見ないの?」
「無理だから」
観覧車が高い場所に上がるにつれ、湊は足元だけを凝視するようになったので、翡翠がじっと見ていても気が付いていない。
そんな状態で観覧車は一周を終えた。
「あ!やっと地上に着いた!やっぱもう二度と乗るのはやめる」
係員がドアを開け、ようやく地面に足をつけた湊は嬉しそうにした。
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