夜のアジフライ

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 パチパチ、じゅわじゅわ。  パチパチ、じゅわじゅわ。  パチパチ、じゅわじゅわ。  白い衣をつけた鯵が油の中を泳いでいる。  菜箸を左手、キッチンペーパーを敷いたバットを右手に構えて、波立つ油をぼんやりと眺める。こんがり色が付いたら菜箸を差し入れて、火の通った鯵を油から救い出す。油を切って、キッチンペーパーに乗せる。  香ばしい香りがキッチンを満たす。ガスが燃える音と、換気扇と、油の弾ける音、それから、私の呼吸音。それ以外は静かな、とても静かな夜だった。  火を止めて、千切りキャベツを盛った皿に、こんがり揚がったアジフライを二尾、傍に酢橘すだちを添える。お茶碗にほかほかの白米、お椀に舞茸の味噌汁をよそって、食卓に運ぶ。  木目調の大きなダイニングテーブルに、五人分の椅子。その一つを引いて座り、手を合わせた。 「いただきます」  照明でぼんやりと明るい食卓に、自分の声だけが響く。それがやけに淋しく感じて、鼻の奥がツンと痛くなった。  酢橘をアジフライの上で絞って食べる。さくっと小気味良い音と、ふんわり香る鯵の香り。サクサクの衣に包まれた鯵の身がほろほろ優しく解けて。かけた酢橘がすっぱくて。飲み込む前に白米を口に入れて、咀嚼する。温かくて、甘くて、優しくて。飲み込もうとすると、喉が震えた。
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