夜のアジフライ

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 人が一人死のうと、世界は少しも変わらない。  起きるたびに、拍子抜けする程清々しい朝。ご飯を炊いて、食べかけだったアジフライを温める。お鍋に残っていた味噌汁も。ご飯が炊けたら、まず、仏飯器によそい、水と一緒にお盆に乗せて、仏間に持っていく。  仏壇に供えた後、ポーンと鈴を鳴らす。静かに音が木霊する中、手を揃えて目を伏せる。  仏壇には、おばあちゃんの写真がずっとあった。その横に、おじいちゃんの写真も並んだ。にこりとも笑わない、頑固そうな顔。あんまり、見たくなかった。  朝ご飯を食べた後、お供えしたご飯と水を回収して、家事をする。庭の花に水を撒いて、洗濯物を干して、掃除をして、仕事に行く。仕事場までは車で三十分。電機会社の事務。データ入力、資料作成、その他諸々。ときどき、気遣う言葉を掛けられつつも、笑みを作ってやり過ごす。  仕事が終わって、帰路に付く。車に乗って、また三十分。空は茜色から濃紺に変わり、ちらちらと星が瞬き始める。見上げると、すぐにオリオン座を見つけた。  車庫に停めた車から降りて玄関に回る。鍵を開けて戸を引けば、ガラガラと音を立てて開いた。この音が鳴るといつも、おじいちゃんの仏頂面が居間のドアから覗いた。おかえり、と酒焼けしたような声が聞こえてこない、灯りのない廊下が、とても淋しい。
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