想い出の香り、おつくりします

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「想い出の香り、ご満足いただけましたか?」 「……はい、ありがとうございました。そんなことよりベルガモットさん、あなたは一体」 「私はただの調香師です。お客様からこんな香りをつくってほしいという依頼を受けて、オーダーメイドで香りをつくることもあります」  今回の依頼は好実からの依頼だったということか。だとしたら、目の前のベルガモットも人間ではないのかもしれない。そもそも、最初から不思議なことだらけだった。好実が階段から落ちたのも、義彦を狙って落ちたように見えたし、医者が一週間安静と言うならば、処方された薬がないと不自然な気もする。それにどこの病院の医師かも聞かされていない。色々なことが一度に起きすぎて冷静さを失っていた。今更ながら混乱を覚えたが、だけど好実にもう一度会えたのだからそれでいい。ベルガモットが人間でも、そうでなくても、キャラメルの香りが義彦に生きる希望を与えてくれた。 「さてと、私もそろそろ行きますね」ベルガモットがにこりと微笑んだ。どこにとは聞かなかった。きっと、次のお客さんが待っているのだろう。想い出の香りをつくってほしいという人が。ベルガモットが働いているアロマショップを調べようと思っていたが、そんな気はすっかり失せていた。きっと駅前通りにアロマショップなどないだろう。 「はい、じゃあ俺も家に帰ります」マンションではない方の家だ。父と母、そして好実も一緒だった頃の家。練乳缶を持って行こう。上手に作れるか分からないけど、今度は自分がキャラメルをつくってあげるんだ。父と母のために、そして好実のために、生きることをやり直そう。  生きる気力を失くしていたと思っていたが、どうやらただ封印していただけなのかもしれない。今は無性に両親に会いたくなっている。 きっともう好実を思い出すことはしない。だって、これからは一日たりとも忘れずに生きていくから。義彦は好実のメモ帳と鉛筆を見てから部屋を出た。 キャラメルの甘い幸せの香りが晴れた空に漂っていた。                                 (了)
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