想い出の香り、おつくりします

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 自宅で出来立てのキャラメルを好実と一緒に食べる。今までキャラメルを食べるのは必ず好実の病室だった。だから、いつもと違う場所で食べられることに義彦のテンションはおかしな方向に上がっていたのだろう。  数時間、鍋の湯で温めた練乳缶を母が持ってきた。きちんと冷ましてから缶の蓋を開ける。ふわりと甘い香りが部屋中を満たした。 「うわぁ」妹が瞳を輝かせる。 「好実、先に食べていいよ」義彦は兄らしく、妹に先を譲った。 「あんまり食べ過ぎないようにね」母が好実に優しく言う。好実が先に食べ、次に義彦が食べる。お互いの手元を缶が行き交う。そんな光景に母も瞳を細めて見ていた。病室じゃない、自分の家で食べるキャラメルは格別に美味しかった。本当なら最後の一口は妹に譲るべきだったと思う。  だけど、その日のキャラメルは本当に甘く幸せの味がしていて、最後の一口は義彦が独占したいという気持ちが勝ってしまった。自分が食べていいかどうか聞こうとしたのだが、好実が最後の一口を食べてしまった。ただ、それだけのことだったのに。そのことが義彦は許せなくなってしまった。せめて兄である自分に聞いてほしかった。最後の一口を一緒に分けるという手段もあったのに。「どうして勝手に食べるんだよ」という言葉の次に、こんな一言をぶつけてしまった。 「好実なんか、いなくなればいいんだ」  言われなくても好実はもうじきこの世からいなくなる。丸い瞳も、力なく笑う顔も、痩せた白い腕も、もう見ることはできなくなるだろう。好実が健康であればただの兄妹喧嘩で済んだのに、その言葉は好実を悲しませ、母を怒らせた。  そんな言葉を吐き出した義彦のせいだろう。好実はその日の夜中に亡くなった。  好実がいなくなってから母は毎日泣いていた。父は好実の不在から目を逸らすように仕事に励み、家にあまり帰宅しなくなった。そんな二人に掛ける言葉を見つけられない義彦は自分の殻に閉じこもるようになってしまった。  いっそ両親が自分を責めてくれたら良かったのに。幼い義彦の願いは届かない。両親は好実が亡くなった後も義彦を責めることをしなかった。キャラメルは甘く幸せで、それでいて苦い想い出の香りだった。
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