0人が本棚に入れています
本棚に追加
「義彦さん、これがあなたの想い出の香りです」ベルガモットの声でハッと我に返った。昔の夢を見ていたのだろうか。いや、夢とは違う気がする。この目の前のベルガモットが言うように、不思議なキャラメルの香りが義彦に幻のようなものを見せていたのだろうか。頭を抱えてベルガモットを見る。ベルガモットが持つ皿にはアロマの精油を垂らす小石があり、その小石は半分ほど乾いているように見えた。さっきまで部屋中を覆っていた霧もすっかり晴れている。ふと、斜め下に人の気配を感じて、その方向を見た。華子が心配そうな顔で見ている。義彦は華子に疑問をぶつけてみた。
「華子ちゃん、君の本名をもう一度教えてくれるかな?」華子は少し考えるような仕草をした後、持っているメモ帳に鉛筆を走らせた。
『稔枝華子』
「みのえ、はなこ。……入れ替えると、はなえこのみ。つまり華子ちゃんは花江好実なんだね。六歳で亡くなった俺の妹だ」
「……よくお気付きになりましたね」横から口を挟んだのはベルガモットだった。
「歩道橋の階段で会った時に雰囲気が似ているなと思ったんです。その瞬間に華子ちゃん、好実が落ちてきて、その後のごたごたですっかり忘れていましたけど。ヘンゼルとグレーテルが一番好きだったと過去形で話してくれたことにも違和感を覚えました。もしかしたら、この子はこの世にいない子供なんじゃないかって……。きっと不甲斐ない兄のことを叱りに来たんでしょうね。あんなひどい言葉をぶつけて、恨まれても仕方のないことをしたと分かっています。どんな恨み言も兄としてしっかり聞くつもりです」
そう言って義彦は好実の視線に合うように跪いた。口を真一文字に結び、好実をじっと見つめる。
お兄ちゃんのせいよ。
私がどれだけ悲しかったか分かる?
一生恨んでやるから。義彦はそんな言葉を想像していた。
最初のコメントを投稿しよう!