想い出の香り、おつくりします

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「……か」  誰かの声がする。透き通るような、凛とした声。誰だろう。耳を澄ませてみる。 「……ぶ……か」  何と言っているのだろう。 「大丈夫ですか?」  今度ははっきりと聴こえた。誰かを心配する声だった。しかし、義彦は声の主に心当たりがなかった。徐々に視界が開ける。その視界に飛び込んできたのは、木目の天井。そして、見知らぬ女性の姿だった。義彦の顔を心配そうに覗いている。 「……あれ。えっと」 「あぁ、良かった。気が付いて」女性がほうっと安堵のため息を付いた。 「あの……」義彦はどうやらこの部屋で寝かされていたらしい。真っ白い糊の利いたシーツの感触が肌に伝わってくる。薄い青色のタオルケットからは柔軟剤の香りがした。枕元には白い小皿が置かれており、その上に皿より一回り小さい石が乗っている。それが何なのか気にはなったが、それより気になるのは今の状況だ。 「俺、いったい……。あ、そうだ。階段から落ちて……」 「そうなんです。階段から落ちたんです。バランスを崩して落ちた華子ちゃんを助けてくださったんですよね」 「華子ちゃん?」 「はい、あそこに座っている女の子です。稔枝華子(みのえはなこ)ちゃんといいます」  女性が指し示す方向、隣の部屋で膝を抱えて座る少女の姿を捉えた。確かに歩道橋で会った少女だった。興味深そうに義彦を見ている。 「華子ちゃん、こっちにいらっしゃい」女性が優しく少女を呼びながら手招きをする。その動作に、おずおずと少女が近付いてくる。 「華子ちゃん、きちんとお礼を伝えてください」  お礼を言うではなく、伝えるなのか。変わった指示の仕方だと思っているが、その理由が目の前で明らかになる。少女はポケットから手のひらサイズのメモ帳と鉛筆を出してそこに何かを書き出す。短く何かを書いた後で、義彦の前に差し出した。
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