想い出の香り、おつくりします

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『助けてくれて、ありがとう』義彦はメモを見て、少女を見た。そして、もう一度メモを見る。 「華子ちゃんは言葉を話すことができません」  横から女性が説明を挟んだ。でも、声は聴こえていますし、目もきちんと見えています、と補足した。 「ちなみに私はベルガモットと申します」純和風の女性は自らをそう名乗った。ハーフなのだろうか。華子はベルガモットの娘なのだろうか。ベルガモットは二十代前半くらいで、義彦と年齢は変わらないように見える。華子の正式な年齢をまだ聞いていないが、どう見ても小学校一年生か二年生くらいだろう。そうなると、十代で子供を産んだことになるのだろうか。そんな義彦の疑問を察するようにベルガモットが微笑みながら答えた。 「華子ちゃんは私の娘ではありません。事情があって私と一緒に暮らしています」 「あの、ベルガモットさん」 「ベルガモット、でいいですよ。あなたのお名前は花江義彦さんですね」 「え、どうして俺の名前を……」不審に思い素直に尋ねた。人が好さそうな雰囲気だが、相手が女性だからといって油断はしない方がいいかもしれない。義彦が身構えると、意外な答えが返ってきた。 「あぁ、すみません。身分証を見させていただきました」なんだ、それだけか。義彦はほっと胸を撫でおろした。 「あ、そうだ……こんな所で休んでいる場合じゃないんです。俺、これから仕事で」 「ご心配には及びません。勤務先には私からご連絡を入れました。眠っている間にお医者さんを呼んだのですが、一週間は安静にしていてほしいとのことです」 「え、そうなんですか。一週間も……」塾講師のアルバイトを休むのは今回が初めてだった。その間、収入が途絶えるとなると生活費が心配だ。どこの医者か教えてもらって、なるべく早く職場復帰できるように頼んでみようか。ぐるぐると考えていると、またしてもベルガモットが何かを察したかのように義彦に言葉を口にした。 「頭を強く打っているので絶対安静です。まして塾講師のような立ち仕事は脳に負担が掛かるからと、お医者さんは絶対に止めるよう言っていました。ですが、どうやら花江さんは正社員ではなくアルバイト従業員のようですね。収入が心配だろうと思います。そこで、私からひとつ提案です。一週間、ここで寝泊まりしてくださって結構なので、華子ちゃんに勉強を教えてくださいませんか? もちろん家庭教師代は私からお支払いします」 「は?」意味がよく分からなかった。頭に怪我をしたから安静にというのは分かるが、なぜ自分がここで寝泊まりして、この華子という口の利けない子供に勉強を教えるという流れになるのだろうか。即座に断ろうとした。だが、最初の一文字が出る前にベルガモットが言葉を続けた。
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