想い出の香り、おつくりします

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「華子ちゃんは、学校に行っていません。本人が行きたがらないので、私が勉強を教えています。ただ、私は教員免許を持っていません。ただの素人です。華子ちゃんは小学一年生なので、そのレベルでしたら、本屋で売っているドリルを一緒に教えたらいいのですが……。私も普段は仕事があるので、一日中付きっきりというわけにはいかないのです。だから、一週間だけでも華子ちゃんの家庭教師を引き受けてくださいませんか?」  何か特別な事情があるとはいえ、どうして娘でもない他所の子供にそこまで必死になるのだろうか。  そして、義彦は気になることがもうひとつあった。ベルガモットが「バランスを崩した華子ちゃんを助けてくれた」と言っていたことだ。つまり、それは華子が嘘をついていることになる。義彦は確かに見たのだ。あれは華子がバランスを崩して落ちたわけではない。義彦をターゲットにして自らジャンプした。なぜ華子がそんな嘘をついたのか。どう説明しようか、言葉を選んでいたらベルガモットが電卓をポチポチと叩き、金額を提示してきた。 「家庭教師料としてお支払いする金額です。いかがでしょうか」  ずいと顔の前に差し出された金額に一瞬言葉を失った。その金額は、塾講師のアルバイトにフルの日数でひと月入ってやっと届くくらいの金額だったからだ。それがわずか一週間で稼げる。しかも、寝泊まりしていいという条件だから、その間はワンルームマンションの光熱費も抑えられる。義彦の頭の中からはさっきまで渦のように巻いていた疑問がすっかり消え失せていた。 「分かりました。お引き受けしましょう」 「ありがとうございます! お食事も私がご用意しますのでご安心くださいね」食費も削減。義彦は頭の中の貯金箱に金が落ちる音を聞いた。 『ベルガモットさんのご飯おいしいよ』華子が横からスッとメモを流してきた。一人暮らしを始めてから自炊らしい自炊は一度もしたことがない。旨い飯にありつけるなら文句や不満などあるはずがない。義彦は心の中でガッツポーズをしていた。
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