想い出の香り、おつくりします

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「じゃあ……えっと、華子、ちゃん? 勉強始めようか」昨日はベルガモットがいたので気にならなかったが、改めて華子という少女と二人きりになると緊張が高まる。何の変哲もない少女なのに、苦手意識に近い感情を抱いていた。口が利けずコミュニケーションを取りづらいという点を抜きにしても、なぜか少女と打ち解けられる気がしない。 「何から始めようか? 国語? 算数? 何が好き?」それでも何とか華子の意思を読み取ろうと、積極的に会話を持ちかける。国語か、算数か、それを聞いただけなのに、華子はしゅんと肩を落としてしまった。 「あぁ、そうか、それだけじゃ分からないよな。ごめんな。普段、ベルガモットさんとはどう会話してるのかメモに書いて教えてくれるかな?」ここでやっと華子の顔が嬉しそうになった。 『はいのお返事は縦』メモを持ちながら首を縦に動かす。 『いいえのお返事は横』今度もメモを持ちながら首を横に振る。  ということは、聞き方から変えなければいけない。さっきのように一度に複数の質問をするのは厳禁だ。 「国語からがいい?」この問いかけに華子は首を横に振った。いいえ。 「じゃあ算数がいい?」この問いかけに首を縦に動かした。はい。よし、じゃあ今日は算数から。  午前中は算数を一時間、午後は国語を二時間勉強した。結果として、華子は勉強が十分にできる子だと分かった。小学校一年生だと学力に大きな差は付かないものだが、口が利けないと言うハンデを抱えていても華子は聡明な子だった。特に国語に至っては小学校高学年で習うような漢字の読み書きもマスターしていた。なぜなのか理由を聞いてみた。 『話すことができないから、本をいっぱい読みます』そういえば、昨日から何度も目にしている華子のメモ。これも普通に漢字が使われていた。友達と遊んだり、コミュニケーションが取れない分、本を読んで知識を吸収していたのか。華子はどことなく大人びている。子供特有の無邪気さに欠けており、こちらの考えを見透かされているような気がする。 『先生は、本を読みますか?』  華子のメモに対して義彦は首を横に振った。 「あまり本は読まないんだ。だけど、子供のときは少し読んでいたよ。ヘンゼルとグレーテルが一番好きかな」  華子の顔がパッと明るくなった。 『私もです。一番よく読んだ本でした』  その文章から義彦の胸にひとつの疑問が湧いた。華子に聞こうとすると、仕事を終えたベルガモットが帰ってきた。両手には買い物袋を提げている。
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