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婚約関係で招待状と言ったら、それは結婚式の招待状ということだろう。
二人は結婚を決めて、式の用意までしていた。
その事実が、渉の両肩に重くのしかかり、視界が真っ黒な色に染まっていく。
いつも渉くんと話しかけてくる佑月だが、今日は一度も渉の方を見てくれなかった。
過去を変えてしまうなどと、心配する必要などなかった。
日常会話を交わしただけ、佑月にとって自分は、ただの店員で、それ以上の存在として、見られていることなどなかったと気がついた。
「バカだな……何を期待しているんだよ」
胸の中に真っ黒なものが溜まっていく。
返して
佑月は俺の
早く返して
俺の佑月を……
「返してよ……」
渉が小さく呟いた言葉は、賑やかな店内の喧騒に吸い込まれて消えていった。
それから大学はテスト期間に入り、渉はしばらくバイトを休むことになった。
大学の帰りに、足が向いてしまい、ふらっとカフェの前に行ってしまったこともあった。
テラス席に、佑月と凛奈が座っているところが見えた。
美男美女、ぱっと目を引く二人の姿に、道行く人がチラチラと視線を送っていた。
注目されていることなど気にせずに、二人は楽しそうに笑っていた。
佑月が目を細めて、嬉しそう笑う顔。
それを一番近くで見ていたのは自分だった。
それなのに、自分は近づくことも許されない距離にいる。
これは過去だ。
過去だからそれでいいんだと何度も思うけれど、それでも胸が痛くて張り裂けそうな思いになった。
「佑月……俺はここにいるよ」
ひとりでそうやって呟いて、項垂れたまま背を向けるしかなかった。
一月経って渉がバイトに復帰すると、ふらりと顔を出した佑月は、久しぶりと声をかけてきた。
変な態度をとったらどうしようかと考えていたが、渉は店員として、お久しぶりですと言って自然に対応した。
過度な馴れ合いはしない。
あくまで、立ち寄るお店で見かけるだけの相手として……
あまり話さなくなった渉のことを、佑月は不思議そうな顔で見ていた。
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