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流れ落ちる汗のつぶ、息遣いまでゆっくりと渉の頭に響いてきた。
触れそうな距離まで近づいてきた佑月は、渉とすれ違ったが、前だけを見ていて、渉には気づかずに走って行った。
「これで、後悔しないよね」
渉は佑月の背中に向かってそっと声をかけた。
病院の外に出ると、空から小さな雪が舞い落ちてきた。
夜空を見上げた渉の目に月が映った。
大きな月が浮かんでいたが、その月は欠けたところのない、立派な満月だった。
「あぁ、やっぱり、これでよかったんだ……」
目を閉じた渉の頭には、佑月との思い出が浮かんできた。
一緒に朝食を食べた朝、仕事帰りに待ち合わせをして、手を繋いで帰った日。
三ヶ月の短い間では、お互いの誕生日を祝うこともできなかったけれど、付き合った記念日だと言って、佑月が買ってきてくれたケーキを覚えている。
蜂蜜が好きな佑月のために、ちょっといいやつを奮発して買ってきて、それを指に乗せたら美味そうだと言って渉が舐めてきた。
嬉しかった。
佑月と過ごした時間で、一秒だって嬉しくない時間はなかった。
今日も明日も、この幸せがずっと続いていくんだと思っていた。
いつかお互いが白髪になって、あんなことがあったねと笑い合うところまで想像していた。
だけど、佑月が苦しんでいる姿より、幸せそうに笑う姿を見ていたかった。
何より、好きだ好きだと言って、押し切って頷かせてしまったのは自分だ。
佑月も好きだと言ってくれたけれど、佑月の本当の幸せを考えた時、隣にいるのは自分ではないと気がついた。
もう夜空を見上げて、悲しく目を伏せるようなことはない。
何一つ、欠けることなく、明るい佑月のまま、愛する人と幸せになってほしい。
「……幸せにするって……約束したから」
その時、雪だよ、寒いねと言って歩いて行く男女の姿が見えた。
寒いからと言って、一つのポケットに繋いだ手を入れていた。
それを見た渉は、涙が止まらなくなってその場に崩れ落ちた。
佑月とも、ああやって一緒にポケットに手を入れて歩いた。
自分達の姿と重なってしまい、それが雪の中に消えて行くのが耐えられなくて手を伸ばした。
「一緒に……幸せになりたかったよ、佑月……佑月……好きだよ……ずっと」
俺も好きだよと言って、抱きしめてくれる人はいない。
寂しさと悲しさと苦しさ
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