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「私の名前はもち麦入りおにぎりではありません」  真面目に答えたら、思いっきり笑われた。 「近くのコンビニで持ち麦入りおにぎりを買ってた人ですよね?俺は牛肉そぼろを買わせて貰った人です」  あれ?意外に滑らかに話すんだ。話し方はとても丁寧な印象だ。 「時々、出汁の良い香りがすると思っていたけど、あなただったんですね」  私の買い物袋から、軽いから上に放り込むように入れていた日高昆布と鰹節が覗いて見えた。 「出汁をとってるのでそうかもしれません。普段お料理は手作りすることが多いので、コンビニではスイーツ以外何を買って良いか迷うんです」 「なるほど。せっかくお金を出すならコンビニだってどこだって美味しい物食べたいですよね。自分で作らないものとか」  あれれ。私と同じこと言ってる。 「すみません。引き留めて」  そう言ったのは、彼だった。 「いえ。それにしても、すごい量でしたね?」 「ああ、これから仕事なんです」 「こちらこそすみません。お引き留めして」 「大丈夫です」  そう言った彼は頭を下げて、ドアに鍵を掛けて階段を駆け下りて行った。  謎は深まった。  仕事って何?  警備員仲間と炊き出しとかするのかな?  あの量を一人じゃ食べないでしょ?  不可思議だ。  月曜日の開店直後に買い出しに行くと彼に会うようになり、挨拶だけで無く少し会話もするようになった。あれがおいしかったとか、あれが安かったとかお互い情報交換するようになった。平日はいつもこの時間に買い物をするらしい。  やりとりから調理に関わる仕事をしているらしいことは分かった。警備員は副業みたいだ。  いつもは試作のための材料購入だけど、あの日は業者の手違いで配達が間に合わずあのスーパーで調達したらしい。  
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