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ちょっと飲みすぎたかもしれない。夜風で酔いを覚ましつつ宿へと戻り、部屋に入った。
身を清め居間で装備を確かめていると、風の唸り声のような音が聞こえた。そんなにも風が強かったか?
動きを止めしばらく耳を澄ますと、仕切られた奥の寝室から小さな悲鳴が聞こえた。
「シア!」
タン! と襖を開け部屋を見渡したが、寝台の中央にこんもりと丸まる一人以外、侵入者は見当たらない。
「うぅ……いやだ! やめ……やめろぉっ」
「……シア」
被っている掛け布を剥ぐと、身体を丸めてギュッと目を閉じ、ガタガタと震えるシアがいた。思わず肩を掴む。
「いや! いたい、痛い! あああぁ……」
「シア……シア! それは夢だ。大丈夫だから……起きるんだ」
やっと目を開けたシアは薄明りにも分かるほど青褪め、絶望的な表情で俺を見つめた。指の関節が真っ赤になるくらい強く掛け布を握りしめ、まだ身体は震えている。
「あ……おれ、……だ、大丈夫だから」
「ちょっとこっち来い」
「わ、!」
俺は掛け布を掴み、シアの全身をぐるっと包んで上から抱きしめた。
初めこそ「ヒッ」と小さく声を上げ身体が強張ったが、背中を温めるようにさすってやると徐々に震えは止まった。
(こいつ……何をされてたんだ)
疲れ切ったようにそのまま眠りに落ちた顔を見つめると、血の気が戻りかけているもののまだまだ顔色は悪い。俺はシアと一緒に行動しはじめてから数日、毎晩朝方まで出かけていたから気づかなかったけど、いつも眠れていなかったのかもしれない。
無意識に手を伸ばし冷や汗で額に張りついた前髪を避けてやると、眉間に皺を寄せてむずがるような表情をする。
「寝てても生意気だな……」
腕の中の身体はひどく細くて頼りない。おれは自分の体温を分け与えるように抱きしめたまま横になり、朝方までその体勢でいた。性的な意味以外で人を抱きしめたのはいつぶりだろうか――
脚に滑らかな肌があたる。女と寝ていたんだったか? 俺よりも体温の低い肌は心地がよく、思わず腰を抱きよせ脚を絡めた。
朝の柔らかい光が目元に差しこみ、眩しくて目が覚める。瞼を開くと、息がかかるほど近い場所にシアの顔があって……にやにや笑って俺を見つめていた。
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