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稀人がどんな力や知識を持っているのか、はたまた存在するだけで運気が上がるのかはわからないが……王朝の栄華を求めて召喚した他者に頼ろうとするなんて、俺からすればひどく馬鹿らしい。
それに稀とはいえ人なのだ。召喚された方はたまったものじゃないだろう。民草はみな、自身の力で道を切り開いてゆくのだ。
召喚の是非は置いといて、俺がその依頼に興味を持つと思われたのには理由がある。
ここ桜栄国では一年前、稀人の召喚に成功したとの御触れが出された。儀式についてはほとんど民に知られておらず、繁栄の伝説は口伝でよく知られている。稀人の顕現は大陸では実に百年ぶりの出来事で、国は歓喜に沸いた。
そのとき、わざと流された噂だろうが――『今代の稀人は絶世の美人らしい』と話題になったのだ。
俺はつねづね仲間内で所帯を持つよう言われてきた。でも俺が家族を幸せにできる想像なんて全くつかなくて、嫁を取ったり自分の血筋を残すことも考えられなかった。
だからここ一年は、仲間から唆されるたび冗談交じりにこう言い返してきたのだ。
『俺は面食いなんでね、絶世の美人といわれる稀人なら嫁にもらってやってもいいかなぁ?』
この依頼を俺に差し向けた仲間は、さぞこの展開を面白がっているに違いない。それだけ言うなら、これを機に会ってみろということだ。
――ちくしょう面白れぇ。やってやろうじゃないか。
たとえ隣国の要人と思われる者の依頼を受けてこの国がどうなろうと、俺には知ったこっちゃない。幽閉というくらいだから安全のために閉じ込められているのだろうし、ちょっと散歩に連れ出してやるくらいの気持ちだった。
もし稀人がこの国を離れたくないと言うなら、その時に考えればいい。それこそ遊戯のような感覚で、俺は依頼を引き受けたのだった。
かくして俺はこの国、桜栄国の王が住まう朱色の宮城へと忍び込み、後宮に幽閉されていた稀人と出会った。
稀人は……たしかに見たこともないほど美しかった。
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