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場所から推測すれば、狩猟に出かけた者が天候などで帰れなくなったときのために用意されている山小屋だと思うのだが、その割には大きな建物だった。
外観は周囲に馴染んで目立たないが、よく見れば造りはしっかりとしているし、何部屋かありそうな大きさだ。
貴人がお忍び用に建てた家か? なんでもいいが、入れないと困る。
俺は入り口の前に立って取り付けられている錠を見つめた。一瞬壊すことも考えたが、その形に見覚えがあった。母国で一部の人間が使う、からくり式の錠前だ。
これなら……鍵がなくても開けられる。錠前についている特定のパーツを、一定のパターンに従って動かすことで開けることができるのだ。
俺は古い記憶を辿り、慎重に解錠した。シアはもうぐったりとしていて、脱力した人間特有の重みを背に感じる。
「開い、た……」
はーーー、と無意識に詰めていた息を吐く。
小屋の中は、最近誰かが入った形跡はないものの綺麗に片付けられていた。入ってすぐが居間となり、左右に引き戸で仕切られた部屋がひとつずつある。
俺はまず寝室を探し当て、寝台にシアを寝かせた。
シアは眠っているがたまに苦しそうに唸り、寒いのか無意識に俺から離れるのを嫌がった。服の裾を掴まれ、なんとなく俺まで離れがたくなったが……このままでは駄目だろう。
雨露にしっとりと濡れた羽織から中衣まで脱がせ、内衣の上に乾いた衣を着せた。寒がるシアのために部屋から探し出した掛け布を多めに置く。
シアを寝室に残してまだ開けていなかった戸を開けると、予想通り水場だった。途中汲んでおいた水を沸かし、白湯をつくる。
倒れてからも数時間雨の中にいたせいでだいぶ消耗しているはずだし、あの調子じゃ今夜は食べられないだろう。ああ、手持ちの生薬に葛根があったな。それも飲ませるか……
俺はシアが倒れたことに知らず動揺していた。
あの軟弱そうな身体で毎日歩き続けたのだから、どこかで限界がくるのは予想できていたはずだった。山に入ってからは朝晩の温度差が大きく、野宿では疲れも取れなかっただろう。
むしろここまで文句も言わず歩き続けたことが不思議だった。あんなにも細く柔そうな脚をしているのに、強靭すぎないか?
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