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◇
一年前、おれは突如としてこの世界にワープしてしまった。桜栄国というこの国お抱えの呪術師が、稀人を召喚する儀式とやらを行ったらしい。
最初に目にしたのは、神社とか寺の中のような、艷やかな木の柱が目立つ部屋。周りにいた人が着ている、腰に細めの帯を巻いた、着物とスカートを合わせたような服。
冕冠という、板から珠すだれ状の糸を垂らしたものを頭に被った男まで居るのを確認して、ここが知らない世界だとすぐに分かった。
古代中国の皇帝みたいのがいるし、冗談にしては手が込みすぎている。ドッキリを仕掛けられるような心当たりもない。
おれは日本の、どこにでもいる高校生だったのだ。あまり幸せとは言えない生活だったけど、わざわざ別の世界に行きたいなんて……まぁ、ほとんど考えたことはない。
――でも別の世界というのが、ここまで過酷な運命をおれに背負わせるなんて思ってもみなかった。
稀人が繁栄をもたらす? ふざけんな。稀人ってなんなんだよ! どうしておれなんだ。わざわざ別世界に呼ばれた意味は、本当にこれしかないのか?
意味のない慟哭を繰り返し、もうすぐ召喚されて一年になるころ。
――おれの目の前に現れたのは虎だった。
くしゃくしゃの灰色の髪に、でかくて引き締まっている体躯。この世界では珍しい、彫りの深い顔立ち。
無骨な旅装をしていても圧倒的な存在感があった。それは、見張りを殺しても尚つまらなそうな顔をしていたからかもしれないし、金色の瞳が場違いなほど美しく輝いていたからかもしれない。
会った瞬間にこんなことを感じるなんて変だと思うけど……こいつなら信頼できると思った。召喚されて初めて、恐れや怯えとは違う方向で、何かが変わると感じたんだ。
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