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ひとりで宮城に忍び込むのはそう難しいことではなかった。突然現れた俺を見て、稀人が動転して暴れたりすることも想定していたが、それもなかったからほっとしたのだ。
それから俺が稀人を連れて外に出ることを告げると、大層生意気なことを言いながらも抵抗することなく、立ち上がった。
シャラ……
音のする方へ目を向けると、稀人の足首には枷がつけられ、長い鎖が寝台の支柱に伸びていた。
ふぅん、稀人様の扱いがコレねぇ。こいつが抵抗しない理由はなんとなく分かった。
俺は黙って持っていた長剣で枷を破壊したが、そのあいだ稀人はなんの感慨もない表情でそれを見つめていた。
しかし俺が持ってきた麻袋に詰め込んで稀人を運ぼうとするやいなや断固拒否され、面倒くさくてよっぽど昏倒させてやろうかと思った。
俺にとっては稀人を生かすも殺すも赤子の手をひねるようなものだ。稀人は男として背は低くないものの、とにかく華奢なのだ。
俺が直前に見張りを殺して来ているのを知っているはずなのに、全く物怖じしない。
危機感が欠如してないか?
結局は寝台の布でぐるぐる巻きにして、有無を言わさず運んだが。
……麻袋に入れなかっただけ、感謝してほしい。
城下で拠点としていた空き家へ移動し、目立たない服に着替えさせた。このまま抱えて運ぶのは逆に目立つだろうと考えてのことだ。
事前に庶民が着るような麻の服を用意していたが、これは。
「はぁ、稀人は何着ても目立ちそうだな」
「おれのせいじゃないっつーの。どうせなら良いもの着せろよ」
「あ゛〜〜〜。苛々しても無駄だ。耐えろ、俺」
「おい聞こえてるぞ。ていうかそれ、やめろよ」
「それ?」
「稀人って呼ばれるの、気分悪い。どうせ外では呼べないだろ?」
こいつのことだから稀人と崇めたてろと言うのかと思った。まぁ良いものを着て豪奢な部屋にはいたが、枷をつけられて後宮の中でも自由に動けなかったようだし、良い思いはしていなかったのかもしれない。
確かにこれからしばらく一緒にいるのに、名前がないと不便だ。偽名でも考えるか……
「じゃあ自分で考えろ。バレない名前ならなんでもいいぞ」
「……霞」
「それ本名じゃないのか」
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