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「さぁ? でもこっちに来てから、この名前で呼ばれたことはないよ」
「まぁいい。霞……稀人のいた世界では、カスミって読むのか。それならおれの知っている読み方で、シアって呼ぶぞ。いいな?」
「しあ……うん。そっちは? ご主人様じゃないなら、泥棒さん?」
「泥棒ってお前……」
霞なんて、こいつにぴったりすぎるほど美しい名前だ。こいつ……シアには、俺が依頼を受けて宮城を連れ出したことは伝えてある。ひと月移動した先でその依頼主に引き渡す手筈であることも。
その依頼主の主人もなんとなく想像はついていたものの、教えたところで意味はないだろう。適当に誤魔化したが、シアも敢えて知ろうとはしていなかった。
稀人だからどこへ行っても儀式とか求められるのかもしれないし、この美貌だから、下賎なことを考えるやつもいるだろう。後宮に入れられていたということは、王もそうだったということだ。
こんなムカつく性格のやつ、知ったこっちゃない。しかしこの華奢な細腕はちょっと力を入れて押さえつければ痣がついたり折れたりしそうで、想像するだけで不愉快だった。
「白虎だ」
「ん? それなんて書くの? ――へぇ、白虎か。目も金色だし、ぴったりだな。仕事用の名前か?」
「まぁ、そんなところだな」
「じゃあ、とらって呼ぶわ! とらさん? ふふっ。さんづけはやめとこ」
とらか……まぁいいだろう。
くすくすと妙に嬉しそうなシアは、笑うと全く印象が変わる。目尻を下げ口角の上がった顔はあどけなく、途端に幼く見えた。
「シア、お前いくつだ?」
「あっれー? おれに興味でちゃった?」
「やっぱいいわ……」
「とらは疲れたオッサンって感じ」
「誰のせいだ! うるせぇ!」
結局服を変えても隠しきれない美しさに手を上げ、貴人と護衛という設定で動くことにした。貴人なら顔を薄布で覆っていてもおかしくない。ちょっと目立ってしまうが、顔を晒すよりはいいだろう。
身なりを整え昼間に移動し、夜には設定に合わせてある程度高級な宿へと泊まる。
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