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なんだか気まずい……。
よっぽど心配なのだろう。腕を組み、トイレから目を離さない。
「ただのトイレですから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないですか?」
「あぁ、すみません。見苦しいところをお見せしました」
由美のダンナは、俺のほうに向き直り、頭を軽く下げた。
「あぁ、いえ……」
見苦しいというか、びっくりしたのだけれども、そんなことは言えるわけがない。とりあえず、当たり障りのない話題を振ることにした。
「由美とはとても仲がいいんですね」
「そう見えますか?」
照れを隠すためか、由美のダンナは少しうつ向きながら返事をする。
「えぇ。羨ましいかぎりですよ。結婚されて長いんですか?」
正直、興味はない。むしろ、聞きたくないくらいだ。
「12年くらいですね。まあ、この年なので一般的かと思います」
由美のダンナはにこやかに返事をしたあと、何かを考えるように腕を組んで俯いた。しばらくして、顔を上げたと思ったら、口を開けたり閉めたりするだけで再びうつむく。
「どうしましたか?」
俺が声をかけると、顔を勢いよくあげ、何か決心したように俺を見つめて口を開いた。
「……あの、ご迷惑だとわかっているのですが、もう一度、今日のように由美と会って話してもらえませんか?」
「え?」
由美のダンナが何を言っているのか、俺には直ぐには理解できなかった。
ダンナは曰く、最近の由美は体調が悪く、出掛けることもめっきり減ったらしい。そのせいか、気が滅入っているようで、さらに体調が悪くなるのではないかと心配していたらしい。今日の由美を見ていて、とても楽しそうだったから、もう一度、短時間でいいのでまた由美と昔話をして欲しいと思ったそうだ。
「勝手なお願いだということはよくわかっています。でも、一回だけでいいのでお願いできないでしょうか?」
由美のダンナは深々と頭を下げてきた。
昔の知り合いと何度も会うなんて、詐欺師の俺にとっては都合が悪いことしかない。断るべきだということはわかっていた。わかっていたのだが……
「一度だけですよ。俺も忙しいので……」
由美の笑顔が脳裏に浮かび、つい承諾してしまった。
由美のダンナが勢いよく頭を上げた。
俺を見つめ、しばし固まったあとに、「ありがとうございます」とお礼を口にした。
連絡先を交換したところで、由美のダンナは再び由美の心配をし始めた。そして、「すみません。私、ちょっと見てきます」と言うと、トイレの方向へ消えていった。
やっぱり心配し過ぎだと思ったが、部外者が口出しをするのはよくないだろう。
しばらくして、頬を膨らませ、明らかに怒っている由美とダンナが戻ってきた。
「もう!神崎くん、どうしてこの人を止めてくれなかったのよ!」
「ごめん、ごめん」
由美は怒りが収まらないらしく、俺にも突っ掛かってきた。反射的に謝ると、由美のダンナが申し訳なさそうに間に入ってきた。
「由美、本当にごめんよ。俺が悪いんだから、怒るなら俺だけにしてくれないか?」
「……わかった」
由美は、相変わらず口を尖らせていたが、少し落ち着いたようだった。
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
由美のダンナは、俺のほうに向き直ると、また軽く頭を下げた。
今日、コイツは俺に何回頭を下げただろうか。少し、申し訳ない気がしてくる。
その後、由美のダンナが後日連絡すると言い残し帰っていった。
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