久しぶり

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 約一ヶ月後、同じ店で俺たちは待ち合わせた。  店に現れた由美は、相変わらずニコニコとして元気そうだ。 しかし、ダンナのほうは目の下の隈がますます濃くなり、以前よりも疲れているのがはっきりとわかった。  由美の体調が悪いと聞いていたが、ダンナのほうが具合が悪そうに見える。 「ダンナが強引に約束しちゃったみたいでごめんね」 「いや、気にしなくていいよ。それより、ダンナさん、疲れているみたいだけど……大丈夫ですか?」  由美が謝ってきたが、仕事なんてまともにしていないのだから、そんなことは本当に気にしていない。それよりも、ダンナの顔色が気になった。 「え!? 私ですか? 大丈夫ですよ。最近、仕事が忙しくて少々疲れが溜まっているだけです」  由美のダンナは力なく笑った。  前回と同じように俺と由美は向かい合って小さなテーブルに座り、少し離れたテーブルにダンナが座った。 「すっかり寒くなったな。体調が悪いって聞いたんだが、大丈夫なのか?」 「えっ!?」  俺の言葉に、コーヒーを飲もうとしていた由美の動きが止まる。由美の顔を見ると、目を見開き俺の顔を見つめていた。 「どうしたんだ?」 「あっ! いや、なんでもないよ。体調も大丈夫。ダンナが心配性なのよ」  由美は目尻を下げ、少し寂しげに微笑んだ。  心配性というのは納得だが、由美の表情に引っ掛かりを覚えた。しかし、俺は根掘り葉掘り聞くような立場ではない。俺は言葉を飲み込んだ。  なんとなく居心地の悪さを感じ、外へ目を向けると、街路樹が控えめに紅葉しているのが目に入ってきた。 「寒くなったと思ったら、もう紅葉の季節になってたんだな。俺、全く気づかなかったよ」 「気づかなかったって、そんなに仕事忙しいの?」 「いや、それほどでもないけど……あんまり気にしないからさぁ」 「そうなの? あ、一回だけ、一緒に紅葉を見に行ったことがあったよね。あれ、どこだったかな?」 「一目八景のことか? あれはキレイだったけど、渋滞には参ったよな」 「そうそう、そこ! 渋滞はすごかったけど、そのお陰で素敵な景色を見れたじゃない。キレイだったなぁ」  由美が遠くを見るように目を細める。  俺たちが大分の一目八景に行った時は、例年より紅葉が遅れていて、見頃とは言えない色づき具合だった。しかし、さすが景勝地。少し早いとはいえ多くの観光客がおり、帰宅時には渋滞に巻き込まれてしまった。全く動かない車の中、『ついてないな』とこぼすと、由美が『見て!』と外を指差した。  由美が示した方向に目をやると、夕日が岩肌を朱に染め、まるで岩山自体が紅葉しているかのような壮観な光景が広がっていた。 「確かに、あれはキレイだったなぁ」 「だよね!」  俺が呟くと、由美が力強く頷いた。  そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声でポツリとこぼした。 「……忘れたくないな……」  そう呟いた由美の顔は今にも泣きそうな、寂しい顔をしていた。テーブルに置かれた由美の両手が、キュッと強く握りしめられていた。 俺は何も言えず、由美の手を見つめていた。
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