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俺は詐欺師をやっている。
街中で見知らぬ女性に「久しぶり!」と声を掛ける。それをきっかけに、人違いのお詫びと称しお茶に誘い、巧みな話術で仲を深め、頃合いを見て金をせびる。結婚詐欺だ。最初のカモ探しは地道だが、一度俺にハマれば確実に逃さない自信がある。
そして、今、新たなカモを探している。
大きな駅前の道路を行き交う人々を見つめていると、俺と同い年くらい――四十手前くらいの女性が目に入った。左手の薬指を確認する。指輪はしていない。
結婚に焦っている年齢だろう。騙しやすそうだ。
――よし!
俺は気合いをいれて女性に近づく。
「久しぶり!」
振り向いた女性は、俺の顔を見て訝しげに眉を寄せたが、やがて目を見開いた。
「えっ?もしかして神崎くん!? え~~! 久しぶり!!」
まさかの返事に、俺は固まってしまった。まさか知り合いだったとは……。しかし、先に声を掛けたのは俺なので、今さら『誰ですか?』とは聞けない。
俺は記憶を必死に呼び起こした。
そして、ある女性が浮かび上がった。
――田中由美
大学時代に数ヶ月間付き合っていた女性だ。
――とりあえず、無難な会話をして離れるか。
「いつぶりかなぁ?」
そう話しかけた時、彼女の後ろから声がした。
「由美、知り合いかい?」
見ると、そこには俺たちと同年代と思われる男性が立っていた。いや、もしかしたら、ちょっと年上か? 顔にかなり疲れの色が見える。
「うん。神崎くんって言うの。大学時代の知り合い。あ、これ、私のダンナ」
由美がダンナを紹介する。その声に、一瞬、僅かだが男が目を瞪った。
――なんだ? 男友達がそんなに珍しいのか?
俺は少し引っ掛かりを覚えた。
俺たちが出会ったのは大学の工学部。周囲は男ばかりなので、男の知り合いは珍しいものではないはずだ。
「初めまして。由美の旦那の伊藤宏明と言います」
由美のダンナが、人の良さそうな笑顔で挨拶をしてきた。
「初めまして。大学時代の同級生の神崎辰也です」
元彼とかダンナに言う必要はないだろう。チラリとダンナの横にいる由美を見ると、眉をハの字に下げ、少し寂しそうに微笑んでいた。すると由美のダンナが思いもしない提案をしてきた。
「突然すみません。もしよければ、立ち話もなんですから、近くの店にでも入りませんか? あ、お時間があればでいいので……」
「え!? いや、あの……折角のデートをお邪魔しても悪いので……」
俺は断ろうと右手を軽く振った。
「大丈夫だよ! すっごく久しぶりなんだし、少し話そうよ! 折角会えたんだよ! こんな偶然、滅多にないよ!ねっ?」
しかし、由美が必死に言い募ってくる。あまりに勢いがよいから、半歩後ろに後ずさってしまった。
相変わらず、強引なところがあるな……。
だいたい、ダンナの前でこんな態度とっていいのかよ?
俺は困惑しながらダンナ見遣る。
ダンナは腕を組み、何か考え事をするように由美の様子を見ていたが、俺の視線に気づいたようだ。目が合うと、眉をハの字にして、困ったよう笑った。
「どうもすみません。私たちのことは気にしなくて大丈夫ですよ。最近、由美は知り合いに会うことが殆どなかったので……。申し訳ないですが、少しでいいので、由美に付き合ってもらえませんか? お願いします」
そういうと、ダンナは深々と頭を下げてきた。
俺はギョッとして、ダンナの肩を掴んだ。
「頭を上げてください。時間は大丈夫なので、あそこの店に入りましょう!」
通りすぎる人がチラチラとこちらを見ている。あまり目立つのは頂けない。俺はとっさに近くのコーヒーチェーン店を指差した。
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