犬か猫か

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犬か猫か

(まったく。昼間っからどんちゃん騒ぎーー)  (あきら)は友人を引き連れ、自室で大騒ぎしていた。  母親である清美は穏やかでない。  行儀のいい友達なら歓迎するが、彰の友達は全員、いわゆる〈悪友〉だった。  髪を染め、言葉遣いが悪く、無礼。  清美は早く帰ってほしかった。しかし、今晩は泊まっていくという。  父親が出張中なのをかさにかけ、大声で歌ったり笑ったりわめいたり、好き放題していた。  翌朝。  二階からぞろぞろみんな階段を降りてきた。  食卓で一人パンを食べていた清美は彰に訊ねた。 「あら。どこ行くの」 「ああ。みんな帰る。おれ見送りに行くから」  とそこへ、飼い犬のジョンがやってきた。 「あら。かわいい猫」  髪をむらさきに染めた女の子が声をあげた。 「え、なに言ってるの。これは犬、チワワーー」  清美の発言を打ち消すように別の男友達が言った。 「この猫、なんていうの?」  彰が答える。 「ジョンさ」 「あははは。犬みたいな名前だな」 「な、猫なのにな」  みな笑う。  清美は目を丸くして言った。 「あんたたちなに言ってるの。これは犬でしょ」 「おばさん」金髪の青年が言う。「頭おかしいんじゃねえの。猫を、犬だなんて。なあみんな」 「ああ」 「そうそう」 「おかしい」  彰が言う。 「母さん。頭大丈夫?」  むらさき娘もつづいた。 「猫なのに犬だなんて。冗談でしょ。ぼける歳じゃないでしょ」 「おばさんどうしたの」 「誰がどうみたって猫だよ」 「猫猫。絶対に猫」  清美は訳がわからない。みながふざけて冗談を言っているとは思えない。表情を見れば判る。みな、まじめな口調なのだ。 「こ、この子は、犬よ……」  彰が少しむっとしたように告げる。 「母さん。いいかげんにしろよ」 「おばさんーー」 「猫でしょ、猫。あきらかに」  清美は混乱した。そんな清美をしりめに、みなは爆笑した。  爆笑したまま玄関へ向かい、ぞろぞろと表へ出ていく。 (なんなのーー。  この子は、犬。  でも、猫ーー猫?  犬と猫。猫と犬。  どうしちゃったのかしら……)  混乱したまま二階へ上がっていく。彰たちに昨晩お茶を出したのだ。  食器を下げるため彰の部屋のドアを開けるとーー  ティッシュの上に小麦粉のような粉。  注射器が、何本も床に転がっていた。
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