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3.ページ数の異なるアルバム
両親と同居をするにあたって、ミナコの同意が得られるかは少し心配だった。父さんにすら遠慮からか「別に必要ない」と言われるほどだ。
確かにこれは俺の自己満足で、母さんにとっても知らない人だらけの生活は負担かもしれない。けれどミナコは、俺の両親の力になりたい、と頼りない俺に力強く申し出てくれた。
「私は平気よ、一緒に居た時間も本当に僅かだから。けれど、お義父さんやあなたは違うでしょう?辛い思いは、私もしてほしくないの。できることはやっていかなきゃね」
「うん……ありがとう」
そんな俺たちの心配をよそに、母さんは変わらずいつものあの調子だった。時折忘れて、誰かわからなくなってしまっても、母さんは父さんのことを信頼しているようで、二人はずっと家の中で一緒に過ごしていた。
ひょっとすると、俺たちがいなくても父さんたちは上手くやっていけるかもしれない。時々、母さんの症状を忘れてしまいそうになりながら、そんなことを考えていたときだった。
「あなたって本当に素敵な人ねえ。奥さんはどんな方なの?」
「ありがとう。僕の奥さんも、素敵な人なんですよ。フミさん、って言うんですけどね」
聞いているこっちが恥ずかしくなりそうな、まるで思春期のような両親の会話を聞いて、俺はミナコと顔を見合わせて苦笑する。
けれどそれが、やはり忘れかけていた母の病気の症状だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「……それにしても、あなたって本当に素敵な人ね。奥さんはどんな方かしら?」
「えっ……」
「実はね、僕の奥さんは、今僕の隣にいる方なんですよ」
父さんの言葉に、母さんは両手で頬を押さえながらそうなのー?と声をあげて笑っていた。
それはほんの数時間前、昼食を一緒に食べていたときと同じ会話だ。それを今度は、居間でしているのが聞こえてきた。父さんの方は少しずつ言い回しを変えているようだったけれど、母さんはほとんど同じ台詞を父さんに繰り返している。
きっとこれから一日のうちに、母さんは何度も同じ会話を繰り返す。それを何日も何ヶ月も続けていく。どんな返事をしたって忘れてしまい、自分たちと同じように思い出を積み重ねていくことはできない。こんな生活を、父さんはこれからずっと続けていくのだ。
やっぱり同居してよかった、と思うと同時に、どうしたって力になれない部分が辛くはないかと、俺は父さんを呼んで話をする。父さんは曇った表情一つ見せず、気恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「フミさんは昔から、言いたいことはスパッと言う人でな。あんな風に、父さんを素敵だって、昔はたくさん言ってくれてたんだ」
「うん」
「けど、父さんはそれが恥ずかしくってな。うんとか、ああとか、曖昧にしか返事もしてこなかった。フミさんを素敵だって、ろくに伝えることも出来なくてな」
「……うん?」
「次こそはこう返事しよう、こう伝えよう、と色んなパターンをよく考えたものさ。だから今、フミさんがたくさん聞いてくれてとても嬉しいんだよ。あのとき温めていた返事を、何度でも伝えられるからね」
「あぁー……そう、なんだ?」
目元のシワをきゅっと寄せながら、父さんはそう笑って教えてくれた。たぶん、俺が生まれる前からずっと、父さんは寡黙な人だったんだろう。そういえば、母さんのお喋りに短い返事をするのも、昔は見慣れたものだった。
けれど、俺が家を出てからもずっと父さんは母さんと一緒に過ごしてきて、ちょっとずつ、自分の言いたいことを話す癖がついてきたんだろう。今だってこうして、息子の俺に恥ずかしげもなく嬉しそうに話せるほどに。
母さんが思い出せなくても、父さんは母さんに貰ってきた言葉を大事にしまっておいて、その返事を何十パターンと考えてきたんだろう。その大事な返事を、今ようやく伝えられることは、どうやら父さんにとってとても嬉しいことらしい。
「それにな、忘れているおかげで、何度も初々しく照れてくれるものだから、父さんも楽しくなってきてるんだ。だから、お前は気にしなくて良いんだよ」
「……もっと早く伝えておけばよかったとか、思わないの?」
「それはまあ、少しな。けれど、伝えられなくなったわけじゃあないしな」
父さんはそう言って、居間へと戻っていった。後悔して、何かが取り戻せるわけではないが、少なくともやせ我慢をしているようには見えなかったので、ひとまずそれを信じることにした。
俺は夕食の支度をしているミナコのもとに向かい、父さんに当てられたわけではないが、その背中に声をかけた。
「あー、えっと……ミナコさん」
「はいなんでしょう?」
「えっと、いつもありがとうございます」
「……どうしたの?急に」
「同居のことも、承諾どころか背中まで押してくれて、本当に感謝してます」
「いいんだよ。ケンジくんに、後悔してほしくないからね」
「うん……ありがとう」
面と向かって、普段言わないような言葉を伝えるとじわじわと耳が熱くなった。相手が茶化したりせず受け止めてくれることに、胸も熱くなる。はにかむ彼女を見て、その昔母さんに何も伝えられなかった、母の日のことを思い出した。
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