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マロンは自信満々で歩いていき、いつしか俺の知らない小道に分け入っていた。幸い、路面はアスファルト舗装で車椅子でも問題はない。だが、左右の木々がうっそうと茂っていて、俺はだんだん不安になってきた。
俺はマロンに気づかれないようにそっとため息をついてから話しかけた。
「なぁマロン。お前が人間の言葉を話せたらなぁ。そしたら、どこに向かっているのか聞けるのに」
「ぶむぅ」
マロンにとってみれば、どうして俺が犬の言葉を理解できないのかということなのだろう。
「お互い様ってことか」
「オン!」
相変わらず、マロンは何らかの意図を持って歩いている。どうしても俺に見せたい風景があるのか。
その瞬間、不安よりも好奇心、そしてマロンへの信頼感が勝った。
「俺、全面的にマロンを信じるわ」
「オン!」
「けど、車椅子で無理なところだったら、這って進むか……。いや、マロンの背中に乗せてもらおうかな」
そう言うと、マロンが立ち止まって俺を振り返った。俺にはその表情が、どこか思案しているように思えた。
「いやいやいや、さっきのは冗談。俺、マロンの背中になんて乗らないよ」
「べじゃっ」
何だ、というふうにくしゃみをひとつして、再びマロンは歩き始めた。どこまでも賢い犬だ。
左右に茂っていた木々がなくなり、視界に明るさが戻ってきた頃、マロンが歩みを止めて俺を振り返った。こういう時、「オン!」と鳴くマロンが、穏やかな表情で俺を見つめている。
マロンに連れてきてもらったこの光景の意味を知った俺は、慌てて首から下げていたカメラを構えた。
沈みゆく夕陽に照らされて並ぶ、仲睦まじい恋人同士のシルエット。ほとんど身長差がないのは、ふたりが同性──ゲンキくんと浜田くんだからだ。
長身のゲンキくんを抱き寄せるのは、彼よりもやや背の低い浜田くん。やがて、ふたりのシルエットは重なる。
同性だとか身長差がないだとか、そういうのは全く気にならなかった。
──ばあちゃん、やっぱあのふたりは尊かったよ。
ファインダー越しに見るゲンキくんと浜田くんの尊い口づけ。俺は夢中になってシャッターを切っていた。
そんな俺を、マロンはおりこうにお座りをして眺めていた。
<本編・了>
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