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* * *
鎖は!?
そう思った瞬間に、雄太はペロに体当たりされていた。
勢いで、尻もちをつく。
中型犬とはいえ、獰猛な表情のペロに雄太は固まってしまった。
防御の姿勢を取る余裕がない雄太に、ペロは二回目の攻撃を仕掛けた。
ペロは、雄太の左足に噛みついたのだ。
――いてっ!
ふくらはぎに、牙が食い込む感触。
「こらっ、ペロ!! 離れなさい!!!」
家の中から、飼い主の鈴木が飛び出してきて怒鳴った。
「ペロ、離しなさい!!」
鈴木は、ペロの体を抱きかかえる。
噛みついていた口を無理やり開かせて、雄太の足を開放した。
それから、ペロを引きずって、家の中へ消えた。
――噛まれた。
雄太は引き裂かれたズボンの上から、左足に手を当てた。
そのとき、鈴木が戻ってくる。
「すみません、お怪我は……」
引き裂かれたズボンを見てハッとした。
「うちのペロが……すみません」
老人は、何度も頭を下げた。
鈴木との関係を悪くしたくはないが、さすがの雄太も「いいえ、大丈夫です」とは言えなかった。
「服は弁償します。あと、明日、医者に行ってください。当然ですが、医療費はお出しします」
必要な予防接種はしているとのことだったが、万が一のことがある。狂犬病にでもなったらたまらない。
ズボンをまくり上げると、血は出ていなかった。しかし、歯形がくっきりとついていた。
――クソっ! やっぱり犬というやつは!!
犬には、狼のDNAが入っていると聞いたことがある。
狩りの習性が残っているのだ。
自分が狩りの獲物になったのかと思うと、再び、怒りが込み上げてきた。
「明日、医者に行きます」
不機嫌な声でそう言い残して、雄太は自宅に帰った。
* * *
「犬に噛まれたと……見たところ、外傷はないですね」
翌日、雄太は、大学の授業を欠席して近所のクリニックへ行った。
昨晩はくっきりと残っていた歯形も、随分と薄くなっていた。
「血液検査と、あと、レントゲンも撮りましょう」
中年の医師は、笑顔で告げた。
雄太は、レントゲン室で写真を撮った。その後、再び診察室へ呼ばれた。
「血液検査の結果が出るのは三日後です。裂傷には至っていないので、狂犬病の心配まではないと思います……が」
「が?」
眉をひそめた医師に、雄太は怪訝な表情で聞き返した。
「レントゲンに気になる部分があります」
医師は、パソコンのディスプレイにレントゲン写真を投影した。
左足の骨がくっきりと写っている。
「この部分です」
医師は、骨の一部を指し示した。
「影みたいな部分ですね」
「気になる影です。この検査だけでは判断できないので、専門医を紹介します」
「気になるとは、どういう意味か教えてください。噛まれた影響ですか?」
「噛まれたのは皮膚の表面だけなので、関係ないです。これは……骨にできる腫瘍かもしれません。今の時点で、断定はできませんが」
目の前が真っ暗になった。
――『腫瘍』だと?
二十歳になったばかりで、そんな言葉を告げられるとは思ってもみなかった。
雄太は、医師に書いてもらった紹介状を持って、帰宅した。
母親と相談して、その日のうちに、市民病院で診察してもらうことにした。
母親は毅然としていたが、内心は動揺しているであろうと雄太は推察した。
「初期の骨肉腫です。若い人でも発病することがあります」
初老の医師が、雄太と付き添いの母親に告げた。
ゆっくりとした話しぶりは、落ち着かせるための作戦なのかもしれない。
「よ、余命は?」
震える声で母親が聞いた。深刻さが分からない母親は、動揺していたのだろう。
――でも、いきなり『余命』はないだろ。
「詳細な検査が必要ですが、標準治療で十分に対応できると思います」
医者の力強い言葉に、二人は少しだけ安堵した。
その後、様々な検査を行い、雄太の病気が確定した。
当然、不安はあったが、治療すれば通常の生活に戻れるとのことだった。
それが分かった雄太は、前向きな気持ちになることができた。
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