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反応できなかった男は喉元に刃物を突き付けられて情けない悲鳴をあげた。ウィンドレアと男の間に静かに着地したのはもちろんリタだ。衣擦れの音がしないように工夫された東洋の戦士のような出で立ちで冷酷な笑みを浮かべて男を睨め上げる。
「こんばんは、ソドディス侯爵。王の猟犬、リタですわ」
「な、な、な……!?」
もはや怯え切っていてまともな言葉も話せない男にリタは容赦しない。首の皮を1枚切って血を流し、にこりと微笑う。ウィンドレアが苦笑してとりあえず制止した。
「俺は血を浴びたくないぞ」
「存じております」
「いつから居たんだ?」
「最初から……ウィンドレア様が連れて来られる前から、でしょうか」
「相変わらず有能だな」
「恐れ入ります」
リタは嬉しそうに頭を下げた。殺気が緩んだことで男が逃げようと行動したがリタの冷たい視線で硬直する。ウィンドレアは既に男は眼中にないような顔でリタを見る。
「リタ。一応報告を聞いても?」
「もちろんです、我が王。事の次第はイアンソド当主に報告済」
「なんだと!?」
「黙れ、害虫。……協力者は全員拘束完了。もちろん、この別荘の見張りも含めです。ついでに、今回活躍してくれたのは私の自慢である彼ら。アイーグルを出し抜く力を示したことで正式に賛同してくれると一筆頂きました。シルドバル家も今回ウィンドレア様をみすみすと誘拐されたことで立場が弱くなりそうです。そうですよねぇ……見下していた女公爵と平民に敵わなかったんだから」
信じられないと口をパクパクさせている男を表情だけは気の毒そうに、瞳はとても意地悪な三日月に細め、ウィンドレアは自慢した。
「俺の猟犬は優秀なんだ。他の奴らに気付かせるような獲物の追い方も、報せ方もしない。俺が面倒くさがっていたら獲物を仕留めて持ってきてくれる。命令なんてめったにしなくていい。主人の望みをいち早く察知して叶える。それが優秀な猟犬というものだ」
わなわなと震えた男は壊れたように笑ってウィンドレアに指を差した。
「いかれた王! 狂った猟犬! 認められるものか! みと」
ゴッと鈍い音がして背後の壁に頭を打ち付けた男がずるずると崩れた。リタが男の顔面に蹴りを放ち黙らせたのだ。一切の慈悲なく、敵を見下す瞳は冷たく美しい。ウィンドレアは牙を剥いたリタも、穏やかに冷静なリタも大好きである。
「ああ、いいな。獰猛で、冷酷で、賢い猟犬の顔だ。お前は美しい、リタ」
心からの賛美にリタの顔が赤く染まる。ふいっと目を逸らして努めて冷静にリタは頭を下げた。
「光栄でございます」
そんなリタにウィンドレアは手を差し出す。満面の笑顔で。
「もちろん、城まで連れ帰ってくれるだろう?」
リタは苦笑を浮かべようとして失敗する。肩を竦めてウィンドレアの手を取って立ち上がらせた。
「本当に手のかかる主人ですね」
本当に食えない人。リタとの約束はウィンドレアの理想の国でもある。目的を果たすためなら危険にも身を投じる。すべてを利用してみせるのだ。もちろん、守り切るつもりだが。そんなリタの気持ちを知ってか知らずかウィンドレアは当然のように言うのだ。
「優秀な猟犬がいるからな」
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