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猟犬の回想
リタはウィンドレアのライオンの鬣のような赤毛が炎のようで好きだ。激しい炎と裏腹の冷静で在ろうとする水色の目がさらにそそられる。でも、それだけじゃ本当の意味で仕えるかわからない。敬愛する王となるのかまだ確信は持てない。興味はある。だから、一番に挨拶をした。そうであればいいですねと気持ちを隠して。
「気に入ってしまったわ」
何度も思い出すのだ。ウィンドレアが、王であるその人がリタを呼び出すのではなく、自身の足で訪ねてきたあの日。リタに頭を下げさせなかった。急な訪いに慌てて身支度もそこそこに応接間に足を踏み入れた瞬間、問われた。
「お前の欲しいものをやろう。リタ、望みを聞かせろ」
ぞくりとした。彼は態度で示していた。本当の意味で猟犬とならない内に頭を下げるなと。無礼だと承知でリタはあえて対等にウィンドレアと向き合った。
「……無茶な望みだったらどうするのです? 嫌いなやつを追い出せとか、金をくれとか?」
ウィンドレアはふっと笑った。
「お前はそんなつまらない願いは言わない。そうだろう?」
リタは高鳴る胸を押さえて自問自答する。この願いを口にしていいだろうか。前王の治世も良いものだったけれど、リタの望みはおそらく突拍子もない。
「俺に望め。叶えてやる」
強い目だった。リタは苦笑して問い返した。
「ウィンドレア様の望みは何です?」
「義理でも、役目でも、慣例でもなく俺のために共に戦う猟犬が欲しい。示そう。猟犬に褒美を与えないケチな主人ではない。お前が全力を出すに値する王であると」
リタは気圧された。そして、微笑った。おねだり、してみようか。諦め半分だった望みを口にするくらいは信じられる。
「私、有能な平民達が大好きなのです。工夫を凝らし、逞しく生きる彼らに惹かれるのです。でも……彼らは日の目を見ません。身分があるから。身分制度を失くせとは言いません。ですが……能力が認められる国であればいいと思います」
目を丸くしたウィンドレアに、やはりダメだったかと気落ちしかけたその時、明るい、とても楽しそうな、嬉しそうな笑い声が響いた。リタはびっくりして思わず凝視してしまう。
「やっぱりな。お前は期待を裏切らない。いいだろう。俺はそういう国を作る王になる!」
「本気、ですか?」
「ああ。俺だって有能な奴が搾取されるのを見るのは気分が悪い。王が認めて、守れば有能なやつが育ち、増え、国も安泰だ」
晴れ晴れと笑うウィンドレアの目はきらきらと輝いていて嘘はない。リタは不覚にも泣きそうになって、涙を零す代わりに勝気な笑みを浮かべた。この人から自分の価値が揺るがないように在りたい。
「早速なんだが、俺の命が狙われているみたいだ。どうにかできるか?」
「お任せください」
さらりとんでもないことを言ったウィンドレアに、リタは跪いて微笑う。そして、じっと見つめた。ウィンドレアは臆することなく見返す。しばらくしてリタが一礼して踵を返した。
「知りたいことはわかったのか?」
「はい、行ってまいります」
「形だけの礼儀よりも仕事優先。ますます気に入った」
「恐れ入ります」
愉しそうな視線に見送られてリタは狩りに出た。ウィンドレアの猟犬が生まれた日の出来事だ。
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