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1.
「そういえば、和海って犬飼ってたよね?」
「え? う、うん」
学校からの帰り道。わたしの問いかけに友人の山河和海はどこか気不味そうに返事をした。その表情の原因が分からず、わたしはそのまま話を続ける。
「その、躾とかってどうしてる?」
わたしはベタベタと何枚もガーゼの貼られた手の甲を擦る。ガーゼの下にはいくつもの傷が隠れていて、中には昨日出来たばかりの真新しい傷もある。
「うーんと、そうねえ」
少し顔を上げ気味で顎に人差し指を当てて考える素振りをしてから和海が披露してくれた知識は、どれもどこかの本やSNSで聞き覚えのあるものばかりだった。わたしだって十五年。物心付いた時から飼い犬のアズキと一緒に育ってきたんだから、ある程度の知識は持っている。
「そっか」
話し終えて満足げな和海に、がっかりした気持ちを抑えつつわたしは返事をする。何かわたしの知らない情報があるかと期待したのに。
「それにしても、もう平気になったんだね。良かった」
「何が?」
何のことやらさっぱり分からず尋ね返すと、和海はバツの悪そうな顔をした。
「その、ほら、少し前にアズキちゃんが死んじゃって、涼佳すごく落ち込んでたから」
「そんなに?」
「そんなにだよ。もうこの世の終わりみたいな顔してたから、こっちもどう慰めていいか分からなくて。みんな、心配してたんだ」
わたし――村雲涼佳が何事もなかったようにケロッとした顔で返したからか、和海はさっきまでの気まずそうな顔とは打って変わり、饒舌に話した。
「ありがとう」
確かに、数日前にアズキは死んでしまった。高齢で少し前から体調も思わしくなくて覚悟出来ていたとはいえ、いざその時が来てしまうと、わたしは悲しさが止められなくなってしまった。止めどなく涙が溢れてきて、何日も泣き続けた。いっそ、わたしも一緒に死んでしまおうかと考えたくらいに。
「でも、もう大丈夫だよ。新しい子が来てくれたから」
アズキのことを思うと薄情だと思われるかもしれない。しかし、わたしのペットロスの悲しみを軽くして、乗り越えさせてくれたのは新しい子を飼うことだった。
あの日、悲しみに暮れていたわたしの家の前に来てくれたあの子は、神様がくれたギフトにすら見えた。
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