そのま白き体、月明かりに染まりて

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それは5年前の大晦日の日に遡る どうにもやりきない毎日が続いていたあの頃。 3年間、一緒に住んでいた彼から切り出された突然の一方通行の別れ話。 私の答えを待つ事なく彼は姿を消した。 元々名前以外はその素性も過去も知らない彼だった。いや名前さえ疑わしい。だって免許証も健康保険証もその身分を証明するものを見せられたことはなかったから。敢えて確かめようという気もなかった。恐らくそれは私には彼との未来は見えないものだったから。 彼が出て行ってから一週間もしないうちに契約司書として働いていた大学の図書館から解雇される。AI化に伴う余剰人員の見直しに私はどうも引っかかったらしかった。 働き始めて2年程だけど自分なりに職場で評価されているという自信めいたものはあった。 依頼された資料の検索は誰よりも早かったし学生の相談には親身にのってあげた。もちろん無遅刻、欠勤も病欠による数日だけ。 「どういうことですか?」 「君はうちでなくてもやっていけるだろ」 それが私の荒ぶる声に館長の出した答え。沸騰寸前の自身の血液が萎えて静静と冷めていく。25歳という図書館で働く女子としてはまだ若いということもあったのだろう。既婚者で家族の生活を背負って生きる者の方に寄り添った選択。なんとも間の悪い弱者ファースト。自分と関係のない世界では笑顔でいいねを押して上げるんだけどね。 そして留めはここ最近ずっと続いていた体調不良が妊娠だという事を知る。自分で試した妊娠検査薬は判定線が浮き出て陽性。 そんな訳は無い。 いつも事を為す時はしっかりと釘を刺してた。子供が出来て、なし崩しに良いも悪いも仲を清算するのは嫌だから。暗闇の中で確認はしてなかったけどそこは信じてた、そこまで馬鹿じゃないと。 判定線は薄かったし計るタイミングで結果も微妙だと聞く。 やっぱり検査薬では話になんない。 手元にある生活費は一万円と少しばかり。 ネットで調べたら初診料を含めて費用は7,8千円程らしい。とりあえず月末になれば今月分のお給料は下りてくる。それ迄はいつものようにもやしと豆腐の素鍋で乗り切ればなんとかなる。  今の状況で妊娠しているかどうかなんて自分にとって意味の無いものだというのは分かってた。ただ身軽な自分を望んでいただけなのかもしれない。生まれてくる子には罪は無い、でも今じゃないでしょ、と。
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