そのま白き体、月明かりに染まりて

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大晦日の夜の町はそれほど寒くはなかった。けれどマジェの乾いたエンジン音はぽっかりと空いた心のなかにえぐるように響いた。 信号待ちで止まる。バックミラーに映る自分の姿がまるで他人のように見えた。レインボーカラーのSHOWEIのフルフェイスのヘルメット。ずぶ濡れの彼のGジャン。まるでドブから這い出てきたネズミのように見えた。 時が止まる。周りの景色の色が白黒に変わり見上げた信号の赤い光だけがポツンと浮かび上がる。 お腹の中でピクンと脈打つ小さな命に囁いた。 「ごめんね。でもひとりで死なせはしないから」 何かに魅入られたようにそう呟いた。 大晦日の寝待月が天上に輝ていた 抗うすべもなく、私は天国へと続く坂道の上にいる 死へのいざないは突然やって来た 何者かに支配されているかのように スロットルを握る手に力が入っていく 放り投げたヘルメットがコロコロと坂を転がっていくのが見えた シグナルはまだ赤、時が異様に長く感じられた それは今しばらく神様が生きる為の猶予を与えてくれているのかもしれない けれど一度纏わりついた悪魔の囁きを振り払うこともできず 私はシグナルの一点をただ見つめるだけだった ブラックアウトを固唾を呑んで待つF1レーサーのように 早く青になれ もう私の願いはそれ一つだった 楽になりたい、それだけだった 気が変わらないうちに青になって ドクンドクンと滾る体内の血がまるで三角フラスコを満たすように頭のてっぺんに昇ってくる。 そう、信号が青に変われば 全てが終わるんだから。 真っ直ぐに伸びた坂道のその先に見えていたのはなんだったのか。 それは今でも思い出せない。 ただその景色に割って入るように忍び込んで来た彼は今でも鮮明に覚えている。 「なんなんだよ、チミは・・・」 転がっていく私のヘルメットにガシッと食らいつき、ノソノソと上がってくる彼が見えた。そして私とマジェの前に立ちはだかるとこちらを見上げて、またクゥーと鳴いた。 「クゥーって、あんた・・・」 ヘルメットをガシガシしながら、にじりよる彼にヨロヨロと押し倒された。そこに思わず手を覆いお腹をかばう私がいた。 今の今、ひとりでは死なせないと言ったのに。 一緒に死のうと思ってたのに。。 「もぉ、おニューなんだよ、このヘルメット。ガシガシしないでよね」 鼻水と涙で声にならない嗚咽のような声が漏れた。 馬乗りになるように被さった彼の体は何ヶ月も洗っていない靴下のような匂いがしたけれど、その白銀色の毛並みは月明かりの下で青白く染まり輝いていた。 眩しいほどに。
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