再会はほろ苦く

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 何がきっかけで人を好きになるかなんてわからないもんだ。顔?声?ノリが合う?そのどれも、残念ながらあいつには感じなかったけど、なぜか惹かれていったんだ。  親しくなるにつれて、距離が近づくにつれて、強く感じるようになった香り。煙草と、香水か何かが、絶妙に混ざりあった、それでいて決して押し付けがましくない、香り。  もちろん、香りに惚れたわけではないけど、あいつの好きなところとしては割と上位にランクインしていたんだ。  距離が近づくにつれて、はっきりと、くっきりと、輪郭が見えてくるようなその香りを、独り占めしたいと思った。他の誰にも嗅がせたくない、なんて、馬鹿なことも考えたりしたもんだ。胸いっぱいに吸い込んで、無くなるまで嗅ぎ尽くしてやりたいとも。  想いを告げることなく離れ離れになってしまい、もうあの香りを嗅ぐことは叶わなくなってしまった。それはそれは後悔したが、同性に告白する勇気なんかなかった俺は、せいぜい未練たらしくありもしない残り香を嗅いでまわるのがお似合いだったんだ。  雑踏の中、五感を震わすような衝撃が襲った。  甦る、香りの記憶。  この香りは……!  きょろきょろと見渡すと、やっぱりあいつがいたんだ。知らずすれ違っていた、追わなきゃ、そして今度こそ—— 「お待たせ」  あいつの目の前に男が現れ、その時のあいつの顔といったら——  俺は追いかけるのをやめた。  目の前の男を見るあいつの顔が、あまりにも、あまりにも、優しくて、愛おしそうで、  俺は涙が込み上げるのをこらえて、その場を去った。  男でも、よかったのか。  俺でも、よかったのかな。  全て、遅すぎる。  もう全て叶わないなら、この香りの記憶も消してくれたらいいのに。 【完】
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