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その晩、わたしはなかなか眠りにつけなかった。玄関にある父が描いた薔薇の絵の前に、母の薔薇と、わたしのチューリップを飾る予定だったが、母の薔薇しか置かれなかった。それが余計に辛くて、母の薔薇を退けてしまいたくなったが、母が難しい難しいと言いながら、一生懸命に折っていたのもみていたので、とても退けられなかった。
せめて、母の薔薇を飾る位置を変えよう。気になって仕方なかったわたしは、ベッドから抜けて、玄関に向かった。
薔薇の絵の前にあるものをみて、あっと声が出そうになった。なぜか、わたしのチューリップが隣に並べられている。くしゃくしゃになってしまった花は、綺麗に皺を伸ばされて、美しいレースの上に母の薔薇とともに咲いている。
絶対に母の仕業だ。どこで捨てたはずのチューリップを見つけてきたのだろう。聞きにいこうと、リビングに向かうと、ぼそぼそと父と母の話し声が聞こえてきた。
「そう。神の昇格試験はまた落ちたの」
「ああ」
父は大きくため息をついた。こと、と何かを置く音がする。恐らくこの軽い音は、父のお猪口の音だ。
「前回のゲームで、若くしておれは自殺した。どんなに苦しくとも、自ら死ぬのは未熟者のすることだという。神になる者はどんな苦しみでも逃げてはいけないと。それで、経験がきちんと積めていないと言われるんだ」
「それなら、また経験を積みにいく?」
「いや、次はきちんと経験を積むように、最低でも六〇年はゲーム世界にいるように言われている。でもおれは、もう聖にあんな寂しい思いはさせたくないんだ」
とくとく、と、酒を注ぎたす音が聞こえる。
「……神になる夢は諦めるの?」
母が言いにくそうにきくと、しばらく沈黙が流れた。それまで聞こえていた父が酒を飲む音すら、聞こえなくなった。わたしは息を潜めて、リビングの扉を少し開けて、中を覗いた。椅子に父が座り、その傍らに母が立っている。
「すまん。不甲斐ない」
「あなたが一番辛いわ」
仕方ないこともあるのよ、と母が父を椅子ごと背中から抱き包んだ。その時聞こえた鼻をすする音は、誰のものか、幼いわたしにはよく聞き取れなかった。
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