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「どうぞ」
懐かしい女性の声が返ってきた。母だ。
わたしが扉を開けようとする前に、勢いよく扉が放たれた。
目の前を覆ったのは、あの時と同じ、赤だった。
幾重にも折り重なった薔薇の折り紙が、何本も束ねられている。何百とある薔薇の花束の陰から、少し皺の増えた父と母がみえた。
母の目はすぐに潤み、滴がこぼれたが、父の目は充血するだけで滴はなかった。かわりに、皺が深く刻み込まれるほど、眉を強く寄せていた。
「おかえりなさい」
部屋をよくみてみると、薔薇の花束は何色もあって、壁中に飾られている。一体これだけの折り紙を折るのに、どれだけかかったことだろう。圧巻の薔薇の部屋を見渡していると、父が口を開いた。
「母さんが毎日折ったんだ。一年ずつ花束にして、また、色を変えていた。人間の世界には千羽鶴というお祈りがあるんだと伝えたら、聖が無事に帰りますようにと、時には皆も手伝って作ったんだよ」
花束は全て色が異なり、わたしはひとつひとつ、指をさして数えた。数えている間、口がぽかんと開いていたことには気づかなかった。
七一、七二、七三、七四、七五、七六……。
「そしてこれが、七七束目」
壁に七六束あることを数え終わると、母が手にしていた赤の薔薇を渡した。
折り紙の薔薇の花弁に、滴が何滴も落ちていた。
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