職場でも

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職場でも

「そんな目立つものを付けて仕事する気なら、しばらくは覚悟しなよ」 「庇っていただいていて、すみませんでしたっ」 「いいって。それより私、あんたが結婚しても春川って呼ぶよ。彼の名前、覚えられないし」 「バッソーニです。私は春川って呼ばれても返事はしませんよ」 「はいはい。ご自由に。早く仕事に戻んな」 看護師は仕事中、指輪を外しておくか首からさげておくものだ。しかし――、 あれから日本へ戻った私は、その目立つものを付けたままでいる。 『僕が日本へ行くまで外さないで。それを理解してくれない病院だったら辞めてほしい』 それが彼の願いだった。 「宗教上の理由で外せません」 私は師長さんにそう宣言して、お咎めなくここまできていたが。 指輪の科は、私がうる覚えの病棟看護師からきた。 外来の患者さんが緊急入院するとき以外、病棟とは関わりはないけれど。 部署を離れて来た2人組は、廊下から覗き込んで、あからさまに私の顔を見てひそひそ話をしていたところ――、 ベテラン看護師の村上さんが私を庇ってくれた。あんた呼ばわりされても外来業務において、頼れるリーダー的な存在だ。 何も言えなかった私に代わって「外来に何の用なの?」と、2人を追い払ってくれた。 スラリと長身の腰に手を当てて、大きなため息でご立腹。村上さんの様子を見る限り、彼女は白だ。 私と考えていたことは同じ。外来の看護師仲間、つまり私たちの内部から情報は漏れている。 併設の託児所を経由しているはずだ。ママ友同士はそこで繋がっていて、噂好きが私の結婚指輪を広めてくれた。 イケメン外国人の結婚相手は、見た目がぱっとしない……、正式な入籍もまだだって……、宗教上って何教なのよ……、私の被害妄想ではないと思う。 彼は元外来患者なので、映画俳優なみの顔がすでに知れ渡っているから。 指輪一年生のあいだは覚悟だ。 彼が来ないと手続きを始められないから、この半年は気持ちだけでの入籍。この状態でも夫婦の仕事はすでにできると私は証明しなくてはならない。 自らの左手をポケットに入れて隠すことなく堂々と。指輪は枷ではない。私には堅い意志があるというシンボルだった。
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