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父から娘へ
「結婚式のお金がないなら出してあげるって、お父さんが言ってるよ」
「えー? 前に私、やらないって言ったのに」
「お父さんの気持ち、一応、伝えただけだよ」
土曜日、仕事を終えて帰って来たら――、
母はただの伝言だと肩をすくめるが、実は彼がお気に入りなので、私の出方を窺うような目つきだ。
「お父さん、どこ?」
「部屋じゃないの?」
私に要件があるときは、いつも母を通す父だ。
今回のことを私が話したときには何も言わず、てっきり話は済んだと思っていたが。
「お父さん? 開けるよ」
ノックに返事がないのもいつものことだ。ドアをゆっくり開けるのは、タバコの煙が充満しているのを知っているからで、まずは手で払う。依然として紫色だが、父の背中に声をかけた。
「お母さんから聞いた。結婚式のこと、お父さんの気持ち、ありがとう」
咥えタバコの父は、最近ハマっているミニ盆栽のお手入れ中。手が止まっているので、私の話は聞いている。
「ごめんね……。私の花嫁姿、見せてあげられないね」
父のために着るつもりはないが、私は子どものころから父っ子だった。弟が母っ子で、休日の父を独占することに意気込んでいたのを覚えている。
盆栽も父のマネしてハサミでチョキチョキ。母に怒られて形式上出頭したら、父は細い目をさらに細めて「ピンピン」言いながら、私の前髪を指で軽く弾いた。
良い事も悪い事も、どちらでも「ピンピン」。怒るのは母で、父は避難所。私の両親は分担制だった。
前髪の記憶に胸がつまって思わず、父の背中に歩み寄って自分のおでこを付けた。今も昔も無口な父だが、それでも常に私に正面を向けてくれていた。
「お父さん、大好き」
娘としての大切な言葉を背中にしか言えない私も父と同じ、恥ずかしがり屋。
「お父さんの娘でよかったよ。これからもそうだからね」
私は大人になったというのに、一生に一度の挨拶ですら、面と向かって出来ないでいる。
そして、ようやく気づく。
これは私にけじめをつけさせるために、父が設けてくれたお膳立の場だった、と。
背中を向けたままでいるのは「行け」という送り出し。だから……、私はもうひとつの大切な背中のほうに行く。
幸せになるね。どうか、見守っていてください。
私が自分の意志を貫くのを応援してくれて……、
一貫した夫婦分担制を見せてくれて……、
国際結婚に活かしてみるから。
ありがとう。
(おわり🥂)
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