浮気の証拠はそこに

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「正直に言ってくれ。俺はただ、本当のことを知りたいだけなんだ」  リビングには沈鬱な空気が満ちていた。  達也はテーブルについた両手を握りしめて、向かいに座る美智子に言った。 「だから、心当たりなんてないって言ってるでしょ」  美智子は神経質な声で言った。片手ではかなり大きくなったお腹を無意識のうちにさすっていた。あと何か月もしないうちに、可愛い赤ん坊が生まれてくる予定だった。 「そんなこと、言葉でならどうだって言えるさ」 「じゃあどうすれば信じてくれるのよ。私が浮気なんかしていないって」 「それは……」  達也と美智子には妊娠中の子供のほかに二人の子供がいた。長男の良太と、二男の大河だ。良太は今年から小学生で、大河は幼稚園の年中に上がったばかりだった。  良太は達也によく懐いていた。達也が休みの日に公園に誘おうと喜んでついてきたし、達也が作った料理は妻の美智子が作ったものよりもよく食べた。少し頭が尖っていて、その頭がチャーミングだと、達也はいつも撫でてやった。  それに対して、二男の大河はあまり達也に懐いていなかった。明確に避けられているというわけではなかったが、小さいころから達也に甘えることが少なく、その態度もどこかよそよそしかった。達也と良太が公園に遊びに行っている間、家で遊んで待っているということも少なくなかった。  それだけなら、兄弟でそんな違いもあるだろうと済まされる話であった。  しかし、達也には、どうしても、大河が自分の子ではないのではないかという疑惑を持たざるを得ない理由があった。 「あの皿は、どう説明するんだ」 「……」  美智子は気まずそうに目を逸らした。目線の先には、既に寝室で休んでいる大河の姿が見えた。  薄緑色の皮膚に、頭頂部には、醤油皿ほどの可愛らしい皿が乗っている。 「お前、河童と浮気しただろう」  達也は厳しい口調で言った。美智子が答えないので、畳みかけるように続ける。 「おかしいと思ったんだ。皮膚の色もちょうど肌色と緑色を足したような色だし、良太に関しては口を出さなかったくせに、大河の名前だけは絶対に私が決めたいだなんて。大河の『河』は、河童の『河』だったんだな」 「……」 「幼稚園で水泳に入ったとき、大河だけ十五分潜水をして浮かんでこなかったって、連絡ノートに書いてたぞ。引き上げようとした園長先生をプールに引きずり込もうとしたそうだ」 「……そんな子供だっているでしょう」 「それだけじゃない。あの相撲の強さはなんだ。四歳児の力強さじゃないぞ」 「……あなたが貧弱なだけじゃないの」 「まだあるぞ。良太と違って、なぜか大河だけ俺に懐こうとしない。お前が大河になにか吹き込んでるんじゃないのか」 「……なにかってなによ」 「知るかよ。そうでもなけりゃ、良太だけがあんなに懐くなんてあり得ないだろ」 「大河だって懐いてるじゃない。お風呂に入るときだって、あんなにしがみついてて」  美智子は数時間前に達也が二人の息子をお風呂に入っていたときのことを思い出した。大河はいつもそうするように、裸の達也にしっかりと抱き着いていたはずだ。 「最近気づいたんだけどな、あれは俺にしがみついてるんじゃない。あれは相撲で負かした俺の尻子玉を取ろうと尻をまさぐってるんだ」  美智子は驚きのあまり息を呑んだ。そして全てを悟った。これ以上誤魔化すのは不可能だと。  これから日を追うごとに、大河は大人の河童の姿に近づいていくだろう。そうなってからことが露見するよりも、今全てを話してしまった方がいいのかもしれない、そう思った。 「ええ、そうよ。大河は私と河童の子よ」 「どこで知り合った」 「河よ」 「どこのだ」 「東北よ」 「やっぱりか……」  美智子は一人旅が趣味で、年に二三度、子供を達也に預けて一人旅に出かけた。七八年前だったか、一週間程度東北に行ったことがあった。  それから美智子は、頻繁に東北に行くようになったのだ。そういえば、三人目の子を授かる前も、一週間ほど東北に一人旅へ行っていたはずだった。 「ともかく、こんな関係はもう続けられない。お前のお腹にいる子供だって、俺の子供か分かったものじゃない。俺は良太を連れて出て行くからな」 「本当にそれでいいの?」  美智子の言葉に、達也は首をかしげた。 「良太は私が東北でぬらりひょんと浮気したときの子だけど」  美智子がそう言って微笑んでみせると、達也は良太のチャーミングに尖った頭を思い出して絶句した。  美智子はまた優しい手つきで自分のお腹を撫でた。そこにいるのが天狗なのか、それとも小豆洗いなのか、達也は考えたくもなかった。  寝室では、頭に小さな醤油皿を乗せた大河が、なにも知らず、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
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