君が残した温もりは今も

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「あ゛っ」  3日間ほど殆ど泊まり込みで働き詰めた体を引きずるようにマンションの中層階にある自分の部屋に辿り着くと、その光景に血の気が引いた。  部屋の内側から傘が飛び出していてドアが僅かに開いている。三日前、トラブルで呼び出しを受けてバタバタと飛び出したから、その時にドアが閉まり切らなかったことに気づかなかったんだろう。不用心にもほどがある。  いや、エントランスにオートロックのあるマンションだから大丈夫。自分に言い聞かせながら部屋に近づく。 ――ガサガサ  自分に言い聞かせた言葉をあざ笑うかのように、傘で空いた隙間から何やら物音が聞こえてきた。  まさか、現行犯?  どうしよう。腕っぷしになんて自信がないし、ここ数日の仕事でヘトヘトだからなおさらだった。警察を呼んだ方がいいだろうか。だけどまだ人がいると決まったわけじゃない。うっかり窓を開けたままにしていったのかも。こんな秋も深まった時期に窓を開けて外に出た記憶はないのだけど。  物音をたてない様にそっとドアを開いて中を伺う。最初に目に飛び込んできたのは一面の白。一拍おいて、それがまき散らされたティッシュだと気づいた。ガサガサという音に混じってハッハッという息遣いが聞こえてくる。 「なっ……!」  部屋の中に犬がいた。  短い脚に比して眺めの胴。全体的にモフッとした毛並み。  何故か僕の部屋の中にコーギーがいる。  思わず飛び出た声が聞こえたのか、コーギーがピタリと足を止めて目が合った。そのままこちらに向かって駆けてくるので慌てて部屋の中に入りドアを閉める。  僕の足元に駆け寄ってきたコーギーは下を出した状態で僕を見上げている。尻尾は無いのだけど、尻尾があればブンブンと左右に振られている気配がした。 「首輪はある、のか。どっから来たんだ、お前?」  しゃがみ込んでみると頭をグリグリと近づけてくる。赤い首輪もしてるし、人懐っこさからして迷子犬なのだろうけど、こんなオートロックの建物にどうやってやってきたのか。このマンションはペット可の建物だから他の階から迷ってきたのだろうか。首輪を探ってみても連絡先などは書いていなかった。 「張り紙出せば飼い主わかるかな? あー、でも、警察にも届けた方がいいのか」  首輪はあるけどリードは無い。とりあえずスマホで何枚か写真を撮って部屋を出る。  一番間近な問題である粉砕されたティッシュ箱と散らばった残骸からは目を背けることにした。
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