君が残した温もりは今も

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 コーギーの写真を撮って警察に行ってみたけど、コーギーの迷い犬に関する情報はなかった。疲れ切った体を引きずるようにしてマンションに帰る途中、ふとペットショップが目に入った。近所なのに全然気づかなかった。これまで仕事ばっかりでそんな余裕がなかったのか。  そのまま引き寄せられるようにペットショップに入ると、犬のコーナーへ向かう。ペットショップに来るのなんて小学生以来だから、15年ぶりくらいだった。ドッグフードも首輪もおもちゃも、記憶の奥底に佇む品々とはすっかり変わってしまっている。 「何かお探しですか?」  目移りするような品々にすっかり呆然としてしまっていると、女性の店員さんに声をかけられた。20代半ばくらい、僕より少し年下といったところだろうか。 「実は迷い犬を保護することになって、色々揃えなきゃなって……」 「あら、そうなんですね。他のワンちゃんもご一緒ですか?」  店員さんが言っていることが一瞬わからなくて、一拍おいてほかに犬を飼っているのか聞かれていることに気づく。やっぱり疲れてるのかもしれない。 「いえ、ペット可のマンションなんですけど、今は飼ってなくて」 「なるほど、それなら一から揃えなきゃいけませんね。よろしければ見繕いましょうか?」 「あ、お願いします。このコーギーなんですけど」  スマホで撮ってきた写真を見せると、店員さんの口から自然と「かわいい……」と声が漏れた。迷い込んできただけの犬なのにちょっと誇らしく感じてしまうから不思議だった。もっとも、写真の隅にはそのコーギーがまき散らしたティッシュの残骸も映りこんでいるのだけど。  お任せください、とカゴに様々な品を詰めていく店員さんをぼんやりと眺めながら、自分の判断を振り返る。警察署に行って迷い犬をどうするか聞かれたとき、自然と自宅で預かると答えていた。仕事で自分の生活しかままならないのに、警察に引き渡すという選択は迷いもしなかった。 「……無責任、ですかね?」  思わずポツリと口に出していた。店員さんが不思議そうに僕の方を振り向く。 「いつかペットと暮らしたいと思ってペット可のマンションを選んだんですけど、結局仕事が忙しくてそんな余裕なんてなくて。そんな僕が犬を預かってもいいんでしょうか?」  6年程前に働き始めたとき、ちょっと奮発してペット可のマンションを借りたけど、結局一人で暮らし続けている。平日は仕事が忙しくて休日は寝て体力を回復するような日々。ペットどころか人との接点もほとんどないまま暮らしている。  店員さんは口元に微笑みを浮かべると、僕をレジの方に案内する。選んだ品について説明をしながら会計を済ましていき、大きな袋を軽々と持ち上げて僕に手渡した。 「資格があるかどうか決めるのはコーギーちゃんですから。預かるって決めたからには真っすぐコーギーちゃんと接してあげてください。もし困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」  にっこりと笑った店員さんから袋を受け取ると、思わずよろけかける。まずは一週間分ということだったけど、予想以上の重さだった。これが命の重さなのか――と思ってすぐに思い直す。ただの運動不足だ。  「八港(やこう)」と書かれた名札を胸元に付けた店員さんにお礼を伝えてペットショップを後にする。そうだ、預かると決めたからには僕にできることをしよう。    まずは、嵐が過ぎ去った後のような部屋の片づけから。
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