教祖

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教祖

 父親と母親から事の成り行きを聞くと、孝文は呆れた顔をしてふたりを見た。 孝文「そんな理由であの状況?どうかしてるよ」 夫「そうだろ孝文。母さんどうかしてるよ」 妻「ちょっと聞いて」  妻は富士山は神の山であり、日本一の山であることを力説した上で、乱れた髪を掻き上げた。  妻とは、そういう生き物なのだ。  掻き上げられるのもなら、かき揚げなんかも揚げ揚げちゃいます。 妻「富士山登頂は辛いこともあるわ。突然、天候が変わり、霧で何も見えなくなることもあるし、険しい石や岩を乗り越えて上がって行くと、高山病になることもある。寒さと飢え、全身の痛み・・・」 夫「いいこと言えよ、バカだなぁ」  妻が出刃包丁に手をかける。孝文がそれを止める。妻は再び、手を離すと、お湯を沸かすわと言って席を立った。  妻とは、そういう生き物なのだ。  どんな時でも、一旦、茶を淹れる。  キッチンから戻ると妻は続けた。 妻「富士山のその厳しさを家族で共有し、助け合い、克服する。そして、ご来光を拝む。つまり富士山登頂は、人生そのものなのよ!」 夫「そうだ、明日ゴミの日だ。さてと」  夫より先に妻が立ち上がる。孝文が出刃包丁を押さえる。夫も身構えたが、妻はキッチンに行き、ガスを止めただけだった。そして、3人分のお茶を持って来た。  妻とは、そういう生き物なのだ。  お茶だけは、ちゃんと用意する。 妻「お茶を飲んで冷静に話し合いましょ」 夫「それはこっちのセリフだよ。まだスネが痛いよ」 孝文「父さん!」 妻「見て、茶柱が立ってる!」 孝文「母さん、立てなくていい!」 妻「孝文、これはいい兆候よ」 夫「なに言ってんだお前、いつから茶柱教に入信したんだ」 妻「茶柱教じゃないわ、富士山登頂教よ」 孝文「母さん!」 妻「あっ」 夫「えっ、富士山・・・なんだそれ」  妻の目が泳ぐ。夫はそれを見逃さなかった。 夫「富士山登頂教って言ったな。富士山信仰はあるなとは思っていたが、お前、変な宗教に入っているんじゃないだろうな」 妻「変とは何よ。富士山登頂教に失礼よ」 夫「なるほど、それで富士山をやたら崇めていたのか。孝文をダシにして」 孝文「父さん、実は僕も入信してるんだ」 夫「どっひゃあ!」  夫とは、そういう生き物なのだ。  驚き方が、昭和。 夫「お前ら、ふたり揃って俺に隠れてそんなへんてこりんな宗教に入っていたのか。献金もしてたんだろ」 孝文「父さん、富士山登頂教は献金は受け取らないんだ」 夫「嘘つけ。そんな宗教があるか」 妻「本当よ。故・藤圭子教祖によって生まれた富士山登頂教は、一切の献金は受け取らないの」 夫「え、いま、藤圭子って言った?まさかあのヒッキーのお母さん?」  妻も孝文も同時に頷く。 夫「富士山と藤圭子、富士と藤・・・ってかーい!」 妻「てかいです」 夫「俺の一番好きだった歌手、藤圭子が教祖だったとは・・・!」
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