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ここは、いったいどこなのだろう。
見渡す限りに広がる新緑の平原を前に、僕は首を傾ける。
どこにでもいる男子高校生の僕。早朝から散歩に繰り出し、自宅周辺の住宅街を歩いていた、はずだった。なのに、いったいどうして……。
「ワン!」
「うわっ! ……っと、急に吠えないでくれよ」
突然耳に響いた鳴き声に、僕は困惑状態にあった意識を引き戻す。
僕が握るリードの先で、家の愛犬であるクリーム色のミニチュアダックスフンド『ジェイ』が、心配するような顔でこちらを見ている。ふんわりとした毛並みに、可愛らしい短足。黒真珠のような瞳は、くりくりと煌めいている。家で飼い始めて以来ずっと見てきた、けれど思わず「かわいい」と声に出てしまうような愛らしい姿に、不安な心が浄化されるようだ。
「まったく、お前がいると、心の底から落ちつけるよ」
この状況を何もわかっていないであろう、ジェイの無垢な笑顔に勇気づけられた僕は、改めて現状を整理する。
「……そうだ、たしかジェイとの散歩中に、変なポータルに入っちゃったんだっけ」
毎朝の散歩コースから外れた道に、突然ジェイが駆け出し、わけのわからぬままこの平原へと放り出されたのだ。
再び辺りを見回してみると、周囲には見たことのない生き物が歩いていた。頭に角が生えたリスや、プルプルとしたスライムらしき謎の生物。ふと空を見上げれば、巨大な翼を持つワイバーンのようなものが、凄まじい速さで飛びぬけていった。
明らかに現実では存在しないような生物たちは、まるでRPGゲームなんかで出てくるモンスターのよう。少なくとも、ここが日本でないことは明らかだった。ならば、この世界はいったいなんなのか……。
「これって、もしかして異世界転移? ひょっとして僕たち、異世界に来ちゃった?」
そんな僕のボヤキに、ジェイが「ワン!」と答える。
この状況を肯定するかのような鳴き声に、僕は頭を抱えた。
「マズいぞ、このままじゃ学校に遅れるんだけど……」
とりあえず、ここがどこなのかをはっきりさせなければ。
僕はリードをぎゅっと握りしめ、平原を歩き始める。
こうして、僕とジェイの異世界散歩が始まった。
「まったく、どこまで続くの……?」
平原を歩き始めてしばらく。僕は歩いても歩いても変わらない景色を前に、早くも諦めムードに入っていた。
だだっ広い平原の先には、町どころか街道すら見当たらない。
このままで、本当に元の世界に戻れるのだろうか。そんな不安がどんどん大きくなる。
「……お前は、ほんと元気だな」
目の前の意気揚々と歩くジェイに、僕はぽつりと零す。
未知の異世界も、この子にとっては新しい散歩コースと対して変わらないらしい。キョロキョロと辺りを見回し、時々地面のにおいを嗅ぎながら散歩を続けている。
時折、スライムやリスといったモンスターが立ちはだかったにも関わらず、気にせず堂々と歩き続けるのは、マイペースにも程があると思う。
実際、モンスターたちはこちらを警戒するように見ていたが、あまりにわがもの顔で歩くうちの子に、逆に恐れをなしたのか道を譲る始末だ。こうなると、モンスターに逐一驚いている僕は、非常に情けない飼い主のように思えてしかたがない。
そんなこんなで異世界散歩を続けていた僕たちだったが、不意にこれまで悠々と歩いていたジェイが、突然足を止めた。
「ん、どうした?」
不思議に思った僕は、何やら空を見上げていたジェイにならって顔を上げる。そして、いつの間にか上空に暗雲が立ち込めていることに気付く。それも、ただの雲じゃない。赤みを帯びた、どこか邪悪さを感じさせる雲だ。
「なんだなんだ?」
うろたえる僕と、警戒するように身構えるジェイ。次の瞬間――闇色の雷が落ちた。
地を裂くような轟音と共に、前方で炸裂した雷に、驚いたジェイがワンワンと騒ぎ立てる。
僕はジェイをなだめようと体を撫でながら、雷が落ちた方向を見やる。落雷の影響による鼻に付くような紫色の煙が立ち上がった、その奥。巨大な人影を前に、僕の体が震えだす。
そこには、異形の姿をした男が立っていた。
雷と同じ闇色の肌に、黒い外套を纏った姿。体長は3メートルを超えるだろうか。悪魔のような尖った角や牙、爪を持ち、禍々しいオーラを放っている。
その悍ましい姿は、見る者に原初的な恐怖を呼び起こす。人間なんかでは絶対に敵わない、そう思わせるだけの圧倒的な威圧感を放っていた。
「だ、誰だよあんた……」
僕は恐怖でガチガチに震えながらも、なんとか声を絞り出す。すると、異形の男はニヤリと表情を歪めて笑った。
「我か……。我は魔王。この世界を恐怖と混沌で染める者だ……」
魔王――それは、数多のゲームなどにおいて、倒すべき悪として登場する存在。最強の敵。恐怖の権化。ラスボス。とにかく、そういった異名が付き纏う恐ろしい存在だ。
自他ともにゲーマーであると自負している僕は、様々なRPGで魔王という存在を打ち倒してきた。けれど、それはゲームの中の話であり、こうして実際に対峙するのとではまったく異なる。
よって、僕はあまりの恐怖に、こうしてジェイを庇うようにしゃがみ込むことしかできなかった。
というか、そもそもなぜ魔王がこんなところにいるんだ! 普通は魔王城かなんかで、どっしりと待ち構えているものはずじゃないのか、魔王ってのは!
そんな僕の心境を見通したのか、魔王は笑う。
「クク、我が恐ろしいか」
「お、恐ろしいに決まってますよ!」
「即答か。よもやそこまで恐怖されるとは、悪くないな」
僕の怯えた声を聞き、魔王は心地よさそうに哄笑をあげる。
「妙な力を感じて来てみれば、そういうことか。その見慣れぬ服装を見るに、貴様らは別の世界からやって来たと見える」
魔王は興味深そうに、震える僕を見下ろす。
「貴様らも、この世界のことが分からず困惑しているようだな。しかし、この世は我が支配下。領域を侵した者には、等しく罰を与えなければならない」
「罰……だって!?」
「いでよ、我が眷属たち!」
そう魔王は高らかに叫ぶと同時、魔王の横に四体の眷属が現れる。
影のように黒々とした体と、尖った角と尻尾。手には鋭くとがった槍を握っており、背中に生えた蝙蝠のような翼で宙に浮かんでいる。
眷属の姿は、日本人が悪魔といわれて想像するような、王道ながらも非常に恐ろしいものだ。魔王には及ばないものの、その外見と漂わせるオーラから、到底太刀打ちできる存在でないことは明らかだった。
「さぁ、眷属たちよ! 奴らに死という名の罰を与えよ!」
魔王の宣言と共に、眷属らは一斉にこちらへ飛び掛かり、槍を突き出してくる。
――し、死んだ!
迫りくる穂先に死を覚悟した僕は、ギュッと目を閉じる。だが……。
「ワオーン!」
「ジェ、ジェイ!?」
突如として、腕の中から抜け出したジェイは、迫りくる悪魔に向けて飛び掛かる。
……お前まさか、僕を守ろうとして?
だが、眷属らの槍はすでに、うちの子目掛けて突き出されていた。
「ジェイィ!!」
あの子を失うなんて耐えられない。それも、目の前で。
たまらず僕は絶叫するが、眷属の槍は無情にもジェイを貫……けなかった。
「え?」
僕は、今まさに槍に貫かれようとしていたジェイを見やる。すると、ジェイは前方でちょこんと座っており、眷属たちはなぜか動くことが出来なくなっていた。
「な、なにが起こったんだ?」
思わず漏れ出た声。そして、困惑しているのは僕だけではないらしい。
「どうした、眷属たち。早くそのわんこを始末するのだ!」
動かなくなった眷属たちに、指令を出す魔王。しかし彼らは一向に動こうとしなかった。
僕はふと、ジェイの後ろ姿に目を向ける。ちょこんと座り、尻尾をフリフリと振る後ろ姿。
その様は、まるでいつも僕におねだりをするときに見せる姿と同じで。
「くぅーん!」
鼻を抜けるような、笛のような鳴き声。
「ぐぎゃぁ!」
可愛らしい鼻声と同時に、ジェイに見つめられた眷属たちが、甲高い悲鳴を上げる。たちまち、その影のような体が崩れ、黒い粉のようになって消滅した。
「なんだと!?」
一瞬で眷属を浄化され、驚愕する魔王。
「馬鹿な! 我が眷属をこんなにも簡単に浄化するとは……。貴様ら、何者だ!」
「ただの犬と飼い主ですけど」
「ふざけるな! 奴らは一体で、人間の一軍に匹敵する力を持つのだぞ!」
信じられないといった様子で、魔王が頭を抱える。それもそうだろうな。正直、僕だって何が起こったのか信じられないから。
「……そうか。わかったぞ。貴様が連れているそのわんこ、ただのわんこではないな。おそらく異世界の神獣かなにかなのだろう」
「いや、何の変哲もない、普通のダックスフンドですけど」
「そんなはずはない! 我の目は真実を見通すのだ」
「その目は節穴じゃないですかね」
そんな僕の声も聞かずに、魔王は誤った推理を展開し続ける。
「やはり異世界の者……貴様らは極めて危険な存在だ。仕方あるまい、この我が直々に引導をくれてやろう。ダークインフェルノ!」
大声で呪文を唱えると同時、上空に向けて掲げた手のひらの上に闇の炎を生み出した。
「我が全力の大魔法を持って、貴様らを消し去ってくれる!」
――これはマズい。あんな魔法を受ければ、いともたやすく蒸発してしまう。ゲームだと、確定で全滅するレベルの大技だと、ゲーマーの勘が囁いている。
逃げ出そうにも、このだだっ広い平原には隠れられる場所などない。そして、ひとたびあの炎が放たれれば、僕たち含めて辺り一帯が焦土と化すだろう。
今度こそ、僕は死ぬのか。
絶望に膝をつきかけた僕。しかし、手に握ったリードの感触で意識を取り戻す。
そうだ、たとえ僕が死んでも、この子だけは守らなくては。
がくがくと震える体で、僕はジェイを庇うように立つ。
「我が大魔法に抗うか。愚かな人間よ」
「あ、愛犬を守るのが、飼い主の役目だろう!」
「ふん、貴様如きでは肉の盾にもならぬというのに。愚かな人間よ。……まぁ、よかろう。ならば貴様の愛するわんこごと、形も残さず焼き尽くしてやろう」
闇の炎がどんどん勢いを増す。大気を焼き、じりじりと音を立てる。
迫りくる熱気に、それでも僕は引かなかった。
怖い。けれど、うちの子を失うことの方が、何よりも怖かった。
震える両手で、精一杯に立ちはだかる。そんな僕の足元へ近づいてくる、小さな影。
「ジェイ?」
困惑する僕の足に、つんつんと手をあててくるジェイ。そして「ここは任せて」といわんばかりに、堂々と僕の前に立つ。
「ほう、我の大魔法を前に、一切の恐れも見せぬとは。さすがは、異世界の神獣といったところか……」
「やめろ――!」
魔王が炎を手にした腕を振り下ろす。
僕の必死の叫びは、しかし放たれた魔法によってかき消された。
眼前に迫る、視界を埋め尽くすほどの闇の炎。それが僕たちを焼き尽くす、その瞬間。
「くぅ~ん」
あまりにも可愛らしい鳴き声と共に、ジェイの目が煌めく。
黒真珠の瞳から放たれた、星屑のような光。それは、ジェイがおねだりをするときに放つ必殺技――うるうるビームだ!
まっすぐに伸びたキラキラは、迫りくる闇の炎をかき消すと、驚愕の表情を浮かべた魔王に突き刺さった。
「ぐぎゃぁ! ま、眩しすぎる!」
凄まじい絶叫と共に魔王の体が浄化され、そのまま地に倒れ伏す。
「か、勝ったのか?」
唖然として固まる僕の目の前で、魔王は全身から煙を上げながらうちの子を見やる。
「馬鹿な……我を下すなど、あり得ぬ! いったい、どのような技を使ったのだ」
「いや、うちの子が見つめただけですが」
というか、本当になんで? うちの子って、こんなにすごかったの?
ただうるうると見つめただけで、魔法どころか魔王をも無力化したジェイ。
一方で、もはや立ち上がることもできず地に伏せていた魔王。そんな彼に、ジェイはちょこちょこと歩いていく。そして、魔王の腕にポンと手を置いた。
次の瞬間、魔王の傷が少しずつ消えはじめていった。
「何だこれは、体が癒えていく。いや、癒されているのか?」
うるうるビームに当てられて薄くなっていた体が、どんどん修復されていく様に、魔王は驚嘆する。彼は信じられないといったようすでジェイを見据えて。
「貴様、何故だ? ……いや、今は我の傷を治してくれた礼をするべきか。感謝するぞ」
仰々しく膝をつき、うちの子に向けて頭を下げた。
って、え、なにこの状況……。
小型犬に跪く魔王という珍状況に、僕はあんぐりを口を開けたまま固まる。
そんな飼い主を置いてきぼりにして、ジェイは得意げにちょこんと座り、魔王を見つめながら尻尾を振っていた。まるで何かをねだるような仕草だ。
「くっ。こうなっては仕方がない。我が奥の手を見せてやろう」
そう言って魔王は立ち上がると、無防備なジェイを見下ろしニヤリと笑う。
「ま、まさかあの魔王、まだ何かするつもりか? いい加減に――」
「もう遅い!」
とっさにうちの子を助けようとするが、魔王の方が圧倒的に早かった。彼は再び手のひらを掲げると、そこに虹色の輝きが生まれる。
「まずい! ジェイ、逃げろ!」
「フハハハ! 覚悟せよ!」
僕の必死の叫びをかき消す、魔王の高笑い。
「さぁ、喰らうがいい! 我が至高のおやつ、黄金のりんごを!」
「……え?」
至高の、おやつ?
僕は呆気に取られて、魔王の手を見やる。そこには黄金色に輝く小さなりんごが一つ握られていた。
魔王はフッと笑うと、魔法で即座に皮をむき、小型犬でも食べやすいサイズにカットして、ジェイに向けて差し出す。
仄かな甘い香りを放つ、黄金色の果肉。うちの子がそれに鼻を近づけ、クンクンと嗅いだかと思えば、勢いよくりんごにがっつき始めた。
「どうだ、我が至高のおやつは。旨いか?」
カットしたりんごを、一つずつジェイの口元に持っていく魔王。次々にりんごを与える彼を、だが僕は慌てて止める。
「ちょっと待て! そのりんごって犬にあげて大丈夫なのか? うちの子、不老不死になったりしない?」
「安心せい。黄金のりんごは究極の美味ではあるが、他の品種と比べて超絶甘いだけの、ただの果実に過ぎぬ。害になる成分もなければ、不老不死を与えるような効能などない。まぁ、こやつの可愛さは永劫不滅のものであろうがな」
「は、はぁ……まぁ、それならいいんだけど」
実際、ジェイはとても幸せそうにりんごを頬張っている。その様子を見る限り、問題はなさそうだ。バクバクとりんごを口に含んでいたジェイは、あっという間に食べ終えてしまうと、訴えるように魔王を見つめた。
「もしかしておかわりか? しかたないでちゅね~、可愛い子にはもう一個あげちゃう!」
魔王は再びのうるうるビームを受けて浄化されそうになりながらも、りんごをもう一つ手の中に生み出す。惚けた顔でおやつをあげ続けるその姿は、まるで孫にお菓子をあげるおじいちゃんのようであった。
――これが、本当に魔王なのか?
どうやら彼は、うちの子の魅力にすっかりやられてしまったらしい。
餌付けをしているようで完全に虜になってしまっている彼には、もはや魔王の尊厳など欠片も残ってはいなかった。
「……って! そうだ! こんなことしてる場合じゃない!」
じっと魔王おじいちゃんの餌やりを見せられていた僕は、ハッと我に返る。
先ほどまで感じていた魔王の恐ろしさと、そこからのまったく予想外な展開に忘れてしまっていたが、早く元の世界に戻らないと学校に遅刻してしまう。
僕は、もはや魔王と呼べるかも怪しい男を見やる。彼ならば元の世界に戻る方法がわかるかもしれない。
「あの、魔王さん? お願いがあるんですが、もし可能でしたら、あなたの力で元の世界に帰れませんかね? 僕、このままじゃ学校に遅れるんですが……」
「ふん、貴様のような人間の事情など、知ったことではないな」
「うちの子も朝食がまだなので、早く帰らせてあげたいんですけど」
「なんと、それは一大事だ。我がポータルを開きますので、どうぞお帰りください!」
ジェイのこととなると露骨に態度が変わった魔王は、指をパチンと弾き、こちらの世界に来たときに通ったものと似たポータルを開く。正直「それでいいのか魔王!」と突っ込みたくなるが、どうやら帰してくれるようなので良しとしよう。
「ほら、帰るぞ!」
そうジェイに声をかけてリードを引くが、ふとうちの子が魔王と見つめ合ったまま動かないことに気付く。不思議に思っていると、突如として魔王は跪き。
「わかりました。もう世界を恐怖と混沌で支配など致しません。これからは誰も傷つけることなく、田舎で慎ましく生きていくことをお約束します」
平原中に響く声で、誓いの言葉を述べる。その返事にジェイは納得したかのように頷いた。
……もしかしてうちの子、本当に神獣か何かなのだろうか。
どうやら魔王を説得し、その支配から世界を解放したらしいうちの子は、役目は終えたとばかりにこちらを振り返る。りんごを食べてご満悦な表情で。
「やっぱり、いつものうちの子だ」
僕たちがポータルに足を踏み入れかけたとき、後方から声がかけられる。
「やはり、もう帰ってしまうのか?」
振り返れば、魔王が名残惜しげに僕たちを――というより、うちの子を――見つめていた。
「その、また会いに来てくれてもいいのだぞ?」
「お、おぅ。うちの子の気が向いたら、また来るよ」
どうやって、そしてもう一度来られるのかどうかはわからないけど。まぁ、一度こうして異世界に来られたのだ。二度とこちらの世界に来られないとは限らないはずだ。
こうして僕たちは、緩んだ顔で手を振る魔王に見送られて、元の世界へと戻るのだった。
ポータルを抜けた先は、いつもの見慣れた住宅街であった。
「いったい、何だったんだ?」
本当に異世界に行っていたのか、全然実感がない。まぁ、実際に異世界にいたのは数十分程度だったし、魔王が思っていたイメージと全然違って、僕が想像していた異世界からかけ離れていたというのもあるかもしれないが。
とにかく今は……。
「朝からどっと疲れた……」
もう、今日の学校は休んでしまいたかったが、欠席理由が異世界に行っていましたとか、絶対信じてもらえないだろうな。
力なく肩を落とす僕。それに対して……。
「お前はほんと、元気だな」
異世界に行ったにも関わらず、全然動じていないジェイに、僕はポツリと零す。
先ほどのりんごがよほどおいしかったのか、今も舌なめずりを続けていた。
……まぁ、この子の喜ぶ顔を見られたと思えば、良かったのかも。
というか、あんなにおやつを食べたんだ。お腹もいっぱいだろうし、朝食はなしでも問題なかったり……?
「って、こら! 早く朝食が食べたいのは分かったから、リードを引っ張るなって」
朝食が待ちきれないといった様子で、家に向かって駆け出そうとするジェイ。さっき、あんなに沢山おやつを食べたばかりなのに、まだ食べる気なんだな。
もはやこの子の脳内は、食べることしか考えていないらしい。
自分が異世界を救ったことも、きっとすでにどうでもいいことなのだろう。
無限の食欲に感心しつつ、僕は先行して走るジェイと共に、自宅へ向けて走り出した。
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