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肩を並べて、やまない雨をしばし眺めていると少年の方から声をかけてきた。
「ぼく、おとうさんを待ってるんです」
沈黙が耐えられなかったのか、頼んでもいないのに彼はむかし話を始めた。
彼を迎え入れてくれた家では、父親が一番可愛がってくれたそうだ。
「でね、おとうさん。方向音痴だから出かけるときはいつもぼくが、離れないように手を握ってたんです」
出かけた先での、花の匂いや、車の騒がしい音、ときどきこっそりと貰ったおやつの味が忘れられないこと。
「でもぼくが病気になっちゃって、しばらくおとうさんと会えなくなっちゃって、すごく寂しかったんです」
入院中、方向音痴なのに会いに来てくれた時はすごく嬉しかったこと。
「今日、おとうさんがこっちに来るって聞いて、ぼく急いでこの場所に来たんです」
私も含め、この場所で少年の様に大切な人を待っている者は多く、その雰囲気はどこか落ち着かない様子を醸し出していた。
会いに来た時、私はどういった表情をしていいのか正直わからなかった。
嬉しいはずなのに、どこか怖くて、素直になれない自分がいる。
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