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亘のため息が止まらないため、仕方なく席に戻って飲みなおす事にした。
「そんなに落ち込むなよ。たった数分恋しただけだろ?」
「好きになった時間なんて関係ない!」
ブンブン首を振って否定する姿は、もう立派に失恋のそれだ。
「確かにあれは見惚れるほどの美形だったけど、お前さっきまでわざわざ男じゃなくてもとか言ってなかったか? パイとケツが無いとかなんとか」
「バカだな柊也は。そんな事は問題じゃない」
亘が親指を立ててニヤリと笑う。
「パイが無くともチンがある!」
「おい、やめろ!」
「それに俺は気付いてしまったんだ。性別なんて関係ない。大事なことはもっと他にあったんだ」
「他に?」
なんだ? 下ネタ言ったと思ったら、今度はまともな事を言い始めたぞ。
「そう、自分の心がどれだけ震えるか。それが恋だ。俺は今まで生きてきて、あんな風に心揺さぶられた事は一度もなかった」
「ひと目見ただけなのに?」
「そうだ。それだけで十分だ。俺の心が、好きだと叫んだのだから」
なるほどな。なんて、妙に納得してしまった。
たとえ会話もなく些細な出来事一つだったとして、そしてそれが異性じゃないとしても。人を好きになるその瞬間はいつも、自分の心が決めるもの、なのかもしれない。亘にそんな瞬間があったように、俺もいつかそんな風に思える日が来るのだろうか。この人の特別になりたいと、そう思える日が。
「ま、残念ながら片想いで終了だけどな。指輪もしていたくらいだし簡単に別れたりしないだろ、あれは」
「あぁぁぁぁ、ショータくーん」
「元気だせ。今日は朝まで付き合ってやる」
テーブルに伏せてしまった亘の背中を撫でてやると、まだ未練タラタラな台詞がブツブツと聞こえてきた。さっきまで男になんて興味なかったくせに。
でも、なんか少し分かった気がする。男同士だとかそんな事は問題ではなくて、一緒にいたいと思える特別な人が、皆それぞれいるって事だ。そのためには先入観や勝手な決めつけをやめ、その人の本質を知ることが大切なのだと思った。
俺も分からないまま悩むのはもうやめる。
北条のことを知って、それから考えていけばいい。その先に何があるのかはまだ分からないけれど、きっと今よりは納得のいく答えにたどり着ける気がするんだ。
だから、北条にすべてを話してもらおう。なんで俺を好きになったのか。なんでストーカーなんてしていたのか。なんで俺の会社に入社してまで一緒にいたいと思ったのかを、すべて。
すべて聞いてから、答えを見つけよう。
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【第四章】 初体験は突然に end
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