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――今月の営業成績も最下位。このままじゃ窓際に追いやられてしまう……。憂さ晴らしのパチコンで金はスッちまったし、給料日までどうやって食いつなごうかなぁ。  頼みの綱だった得意先とのアポイント。まさかの当日キャンセルを告げられ、行くあてなく辿り着いた公園。さびれたベンチに座り、缶コーヒー片手に男は愚痴をこぼす。  と、そのときだった。  クンクンと鼻を鳴らしながら地面を嗅ぎ回る野良犬が、男の足にすり寄り、訴えるように吠えた。 「お前も捨てられた身かい?」  頭を撫でてやると、犬は唐突に地面を掘り出した。野良犬の奇行に慌てた男はそれを制止しようとしたが、穴から何かが覗いているのに気づき、それを引っ張りだした。 「ひぃっ!!」  手にしたそれは砂を被った紙袋だった。おそるおそる覗き込んだ中身に男は腰を抜かす。ビッシリと札束が入っているじゃないか。肝を冷やした男は辺りに目をやり、人がいないことを確認する。 ――紙袋に持ち主の名前が書いてあるわけもなし。もらっちゃって大丈夫だよなぁ……。 「ありがとな」  無垢な黒目で見つめる犬に軽い礼をすると、男は逃げるように公園から立ち去った。  思わぬ大金を手に入れた男は浮足立ち、不毛な散財を続けた。向こう数年間は楽に暮らせると高を括っていたが、目も当てられないほどの体たらくが祟り、気づけばジリ貧の生活に舞い戻っていた。  そんな男を憐れむように、またしてもあの野良犬がすり寄ってきた。 「おっ、幸運のお犬様! また、俺のために穴でも掘ってくれよぉ。頼むよ。たとえば、競馬で大穴を当ててくれるとかさぁ」  穴は穴でも大穴馬券。冗談だよと苦笑いしながら犬の頭を撫でてやる。すると犬は、何か閃いたように吠えだした。止むことなく吠え続ける犬に焦る男。しばらくして男はあることに気づいた。どうやら犬の咆哮には規則性があるようだ。連続して鳴らされる咆哮の数と間に挟まれるブレーク。集中して耳を傾けてみると、それは数字の組み合わせを示していた。 「まさかなぁ」  疑う気持ちは拭えないが、公園の埋蔵金の件がある。男は犬のお告げをメモし、半信半疑のまま馬券を購入してみた。なんとそのレースでは周囲の予想を大きく裏切り、穴馬がレースを制した。結果的にその馬券は、大穴の万馬券に。またしても男はまとまった金を手にすることになった。  まるで童話のようだな――ここ掘れと言わんばかり、掘って欲しい穴を望めば、犬はそれを実現してくれた。 ――能無しの俺が会社から評価されるには、営業で結果を残すしかない。ただ、身を置く業界には、競合となる大企業がのさばり寡占状態。市場から変えていかなければ俺に明るい未来はない。穴だ、穴だ、犬に頼める穴はないか?  思いついた男は、大企業ひとり勝ちの状態に、蟻の一穴を開けてくれと犬に頼んでみた。もちろんその願いは叶った。それがきっかけで状況は好転。硬直化した市場に風穴を開けた立役者として称賛されることに。そして、自社に多大な利益を残した男は、異例の出世を果たし、上層部のポジションへと駆け上がった。  金はどれだけあっても邪魔にはならない。ある悪巧みを思いついた男は犬を連れ、深夜に隣町の高級住宅街へと散歩にでかけた。  ひときわ目立つ豪邸の玄関を指さし、「ほら、あの家の鍵穴を開けるんだ」従順な犬はそれを聞き入れ、大仰な玄関ドアに鼻先を近づける。カチャリと音が鳴り、玄関の鍵が開いた。忍び足で豪邸に侵入し、金目のものを盗む。セキュリティが発動するリスクを考慮し、犬には事前に抜け穴を用意しておいてもらった。まさに穴のない計画。出来心の悪事にしては高い完成度の遊戯だ。男は盗んだ金品を抱え、したり顔で家路に着いた。  すっかり有頂天になった男。金にはめっきり飽きてしまい、女を求めはじめた。手始めに、会社で最も美人と名高い受付嬢に目をつけた。自身の立場を利用し、彼女を夕食に誘い出す。もちろん、犬が見つけてくれた穴場の店だ。  うまい料理と酒。そして、最高のロケーション。まるで神にでもなった気分の男は、甘い声色で彼女に告白した。 「俺と付き合ってみないか?」 「えっ?」 「悪くない提案だろ?」  首を縦に振るものとばかり思っていた男は、戸惑いを見せる彼女に苛立った。 「まさか断るわけないよな?」 「……ごめんなさい」 「ふざけやがって! 俺からの告白を断るなんて、どうかしてやがる! 覚えていろよ、絶対に許さないからな!」  店内のムードをぶちこわす罵声。男は怒りに任せ席を立つと、そそくさと会計を済ませ、彼女を気にかけることもなく店から立ち去った。  金とは違い、意のままに操れないジレンマが、男を豹変させた。気づけば男は、彼女のストーカーになり果てていた。来る日も来る日も彼女のマンションを監視。エントランスに忍び込んではポストを荒らし、ゴミ置き場では、彼女の捨てたゴミを漁る。 ――犬にお願いすれば、玄関ドアなんて簡単に突破できるんだぞ。  一気に事を済ませるのではなく、徐々に彼女を追い詰めることに快楽を覚えはじめていた。  そんなある夜、状況は一変する。彼女が自宅に男を招き入れたのだ。 「この色情魔が!」  怒り狂った男は、近くの空き地に大きな穴を掘るよう犬に命じた。どうにか彼女をおびき出し、落とし穴にはめてやろうと企んだ。  しばらくすると、犬が戻ってきた。 「穴は掘れたのか?」  頷くように鳴いてみせる犬。よしよしと頭を撫で、再び彼女の部屋から漏れる明かりに目を向けたそのとき、背後から強いライトが照らされた。振り向くとそこには、二人の警官。近隣の住人の仕業か、それとも彼女自身がストーカーの被害届けを出したのか? 「マズい! 逃げるぞ!」  男は犬に声をかけた。すると犬はまっしぐらに走り出した。 ――俺を警官から逃がすために誘導してくれているのかもしれない。  男はそれに従うように走り出した。  背後から男を呼び止める警官の声が響く。立ち止まったら終わりだ。男は犬に従い、脇目も振らず逃げ続ける。幾度となく路地を抜け、眼前に迫ってきたのは小狭い空き地。そこを抜け、密集した民家の影に身を潜めようと考えたその時、「あっ!」男は、瞬時に状況を察知した。犬に命じて掘らせた穴に落ちてしまったのだ。自ら墓穴を掘るってやつだ。  しかし従順な犬は、そんな男のミスを穴埋めしてくれた。 ――なんていいヤツなんだ。警官に見つからないように、穴の中の俺を匿おうとしてくれている。そう。掘り起こした大量の土を穴の中に戻し、文字通り、穴埋めを――穴埋めを――穴埋め?  毛穴すらも埋め尽くすほどの土砂が降り掛かり、ずっしりとした重みに身動きひとつ取れない。徐々に息をするのも困難になってきた。 ――忠実なところが愛らしくてヤツを従えてきたけど、まさかここまで賢さが足りてないとはなぁ……俺の目が節穴だったよ。
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