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僕が生まれるよりもずっとずぅっと昔のこと、初めて宇宙に行った犬がいたという。
身動きも取れないほどに狭い宇宙船に乗せられて、たった一匹で宇宙に向けて打ち上げられた。
きっと怖かったね。苦しかったね。
その雌の犬――ライカのことを思うと僕は胸が苦しくなる。
昔たまたま読んだ本に、少しだけ載っていた。
ひどく辛い訓練を受けさせられて、一匹きりで船に乗せられ地球から無理やり打ち上げられて、パニックになって熱い船内で死んでしまったという。
僕には当時の詳しい事情も事実もわからないけど、そんな風に伝わっている。
僕は隣に座る僕の家族で相棒の愛犬、ノアをぎゅっと抱きしめた。
「僕は絶対に君をひとりで宇宙になんて行かせたりしないよ」
ぐぅぅ、と不満そうな鳴き声を上げてから、ノアは僕を呆れたように見る。
『だからと言ってほんとうにこんなところにまで付いてくることはなかっただろう』
僕とノアの脳に繋いだ意思伝達アプリに思考が伝わってきた。
『宇宙なんて今じゃ家族旅行で気軽に行ける場所だ。船内が高温になることも、毒入りの食事が出てくることもない』
「わかってるよ」
僕は答える。
ノアは僕よりと同い年だ。僕が生まれた年に彼も生まれ、お互い十二歳になった。だけどノアは犬だから、僕より早く成長しておじいさんになった。
『君は知能が高いのに、まだ子どもだな』
動物と思考を繋げる技術は僕が創り出した。ノアと会話が出来たら楽しいだろうな、と考えて取り組み始めたのが五歳の頃。出来上がってすぐに僕とノアを繋いだ。
「うん、ぼくはたぶん天才だよ。だけど感情は知能とは関係ないと思う」
あの犬は星になったんだ――なんて、おためごかしだ。
僕はライカと何の繋がりもないけれど、彼女の孤独と恐怖を人類の進歩のために必要なことだった、なんて受け入れる気持ちにはとてもなれない。
『ペットの旅行が流行っているのなんて、別におかしなことでもないだろう? 家族の一員である動物たちにも特別な経験が必要だ、と世間は言うじゃないか』
人間たちの能天気で上から目線の考えで、旅行を動物たちにも「楽しませてあげる」プランが最近ブームだ。
『だから別に、不安に思うことはない』
「わかってるよ」
僕はもう一度答える。
「違うよ、だいじょうぶ。たしかに君が宇宙に行くのに不安は感じるけど、だからといってそれを無理矢理止めようとか連れ戻そうとか考えてるわけじゃない」
『……それなら、なぜ私たちは、これに乗っているんだい?』
僕らは二人乗りの小型宇宙船に乗っていた。最近完成させたものを運び込んでおいたのだ。
「宇宙に行くなら僕と行こうよって、誘いに来ただけだよ」
『誘うより先に乗せているじゃないか』
港はもう後方に過ぎ去っている。
「そうだね。もう僕らだけの宇宙旅行だ」
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