タイムマシンのライカ

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    *  地球の周囲を巡りまた港に戻る。それだけの道行き。  それでも相棒といればいつだって楽しい。 『さすがに有名な天才少年でも、厳重注意だけじゃ済まないぞ』 「試運転のために登録はしておいたよ。コースを間違えただけだ」  遊覧目的の旅行船が遠くに見える。参加者の犬一匹が見つからないまま、諦めて出発したのだろう。 『君は我儘に育ったな』 「んー? ふふ、そうかな」  窓の外は地上から見上げる空よりもずっと深く、暗い。そこに浮かぶ地球は、目も眩むほど青く美しい。  ライカはこれを見ることもなかったのだろう。見たい、と望みさえしなかっただろうけれど。  ……無理に持たされた片道切符。  それを、僕は。 『ご機嫌、だな。……いや、違う?』  ノアの声音(実際には、伝わるのは声ではないけれど)に訝しい、という感情が混じる。 「次は何を叶えようかなって考えてたんだ」 『思考伝達アプリの開発と、個人規模の宇宙船の開発。もう充分すぎると思うけれど』 「まだあるよ」  と僕は笑った。  ご機嫌といえば、ご機嫌かもしれない。思いついたのだから。  初めてライカについて知った時、僕は泣いた。  もしも僕のノアが彼女のような目に遭ったら、僕はそれを行った人間たちを決して赦さないだろう。人類の進歩がどうとか、そんなことはこの悲しさと苦しさとは無関係の事情だ。ただ僕は彼らの友達として、彼らが犠牲になるのは耐えられないというだけなんだ。  過度なストレスも、寒い環境も、狭くて怖い船も、毒入りのエサも、全部全部、僕は赦せない。 「次は、タイムマシンを作ろうと思うんだ」 『はっ……!?』  ノアが驚愕の瞳を僕に向けた。 「あ、タイムマシンってわかる?」 『それは、わかるよ。君の相棒を何年務めていると思っているんだ』 「僕なら作れると思うんだけど、どうかな」 『……君が作りたいと思うなら、きっと作るんだろう。知識も分野も技術も違っていても、やりたいことがあるならすべてを学び吸収してみせる子どもだ、君は』 「僕思うんだけど、ノアもたいがい知能指数が高いよね」  ノアを抱き寄せ、膝に乗せる。 「……もしも君が独りで宇宙に放り出されたら、やっぱり不安でしょう?」 『そうだね』  安全も安心も保証されない宇宙旅行。犠牲になれ、と棺になる運命の箱に乗せられて。 「ライカにね」  ノアの体を撫で、静かに語る。 「ライカに与えられた切符は、片道切符だったんだ。決して戻れない切符を、欲しくもないのに持たされた」  同じ犬として心が痛むのだろう、ノアは目を閉じている。 「――僕はその切符を、破り捨てに行きたいんだ」  決意を込めて、僕は言った。  その言葉に、ノアが弾かれたように顔を上げた。 『それで……タイムマシンを?』  呆気にとられたように黙ったノアが、突然笑い出した。『アハハ!』と笑った後もまだおかしそうにくっくっ、と体を揺らす。 『いいねそれは。さすが君の見る夢だ。無謀で無茶で非現実的で大好きだよ』 「付き合ってくれる? ノア」 『どこまでも連れて行ってくれるんだろう?』 「そうだよ、相棒だもの」 「ねぇ、想像してみて。僕らがライカを迎えに行く瞬間を」
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