健輔(ケンスケ)は覚める。

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 ケンスケはようやく気がついた。  リビングの隅にあるチェストに、白くつやつやした布のカバーで覆った、四角いものがある。  前には香炉があり、線香の燃えさしが斜めに傾いてかろうじて立つ。  手前に熟した真っ赤なリンゴが供えられ、後ろには小さな写真立てが見える。 「膵臓がんだ。二か月経った」  急にしおらしくなった老人が哀しげにつぶやく。 「近頃の滅亡騒ぎで納骨もできない。置きっぱなしだ」  ケンスケは、写真立ての顔に目を移した。  面長の優しそうな顔立ち、ちりちりにパーマをかけたごま塩の頭……。  母親に似ている。  数か月、実家に帰っていない。母親とも言葉を交わしていない。最近の騒ぎのせいで、つい取り紛れていた。  いや、もしかしたら、クラウンさんが心配して、連絡してくれているかもしれない。  クラウンさんは、北の離れ島にひとりで住む母親のことをとても気にかけてくれていたし、母親も、電話で話しただけで、いい上司に出会えた、前の会社とはえらい違いだと、クラウンさんを気にいっていた。  思いにふけっていたケンスケは、マツゴが自分をのぞきこんでいるのに気づいた。 「センパイ、いいものがあった」  マツゴは両手に持った大きな平たい木箱を恭しく差し出す。 「本当の最高級の松阪牛だ、高級すき焼き店に勤めたからわかる」  ケンスケは思い出す。マツゴは転々と職を変えながら、いつでも仕事に関わる分野の勉強をしていた。 「キッチンのでかい業務用冷蔵庫に入っていた」 「何のつもりだよ」  ケンスケはマツゴをにらみつけた。 「いや、だって、集めてきた安ぴかおもちゃよりも値が張るし……」  とたんに……。 「安ぴかだと!」  突然、老人がソファの上でのたうちながら叫んだ。今までおとなしくしていたのに……ケンスケはわからないまま、大声をあげて制する。 「こら、じっとしてろ!」  すると老人は、マツゴをにらみつけてきた。
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