巌雄(イワオ)は悔やむ。

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 と、ふいにマツゴの顔がぱっと輝く。 「だったら、今からすき焼きをやろう」  突拍子もない話にイワオはひるんだ。 「高級店に勤めていたんだ。任せろ」  呆れ果てたままのイワオに材料や器具の場所を訊くと、マツゴはてきぱきと準備を始めた。  真っ先に、残りの肉の木箱を冷凍庫から持ち上げる。全部を平らげる気か。イワオは目を丸くした。  合わせると十キログラムはある。四つ全部を常温で解凍する。  次にガスコンロを抱えて来て、今どき珍しいな、とつぶやきながらホースをガス栓につなぎ、バルブを開いた。  続いて、キッチンの収納の一番上にあった立派な桐箱から、艶々した鉄鍋を取り出す。  きれいに油を染ませてるな、と言いつつセッティングした。  よく手入れしてあるまな板と包丁に感心している。料亭並みじゃないか、とつぶやいた。  マツゴは煌めく包丁を手にして、床下収納庫にあった野菜類を吟味していく。  白菜を持ち上げて重さを確かめ、切り口の真っ白な色を見比べる。深緑の春菊の香りが鼻をつき、丸々と膨らんだシイタケの匂いも微かに漂ってくる。 「いつの野菜だ?」イワオに尋ねる。 「ああ……先週、裏手の畑で収穫した」  そりゃあいい、とマツゴはにんまりして片端からざくざく切り始めた。  テーブルに置いた竹の盆ざると椀ざるに、仕上がった野菜がどんどん積み上がっていく。  イワオは手際のよさに感心した。 「次はと……」  マツゴは、棚に入っていた醤油やみりん、料理酒など調味料をキッチンテーブルに並べた。 「おっ、ザラメがあるじゃないか」いそいそと袋を引っ張り出す。  そしていよいよ、肉を大きめにカットして下ごしらえをし、青磁の大皿へきれいに飾りつけた。  だが、準備をほぼ終えたとたんに、マツゴは大声をあげる。 「しまったあ」  何をやらかしたのか、とイワオは身構えた。ケンスケも仰天して、伏せていた顔をがばりと上げる。 「サトウサンが車にいる。呼んでこないと!」  マツゴはリビングルームからドアに向かって駆け出した。  何だ、まだ他に仲間がいるのか。イワオは眉をしかめる。
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